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猫又
「磯辺 お前は『妖怪』って信じてるか」
狭い応接室が、西日に火照っていた。費用をケチったのであろうエアコンと、真っ白なLEDランプが、この場所が室内であることを証明 する数少ないものだった。
谷口警部は太い指を器用に弾き、煙草に火をつけた。この時間で、四本目だ。
「信じてるはずないじゃないですか。自分、もう22ですよ?」
磯辺巡査は23歳になるまでの日数を指折り数えた。あと8日で、22歳が終わる。22歳が終わるにしても、もう十分大人でいるつもりだっ た。賢いつもりだった。だから妖怪なんて 信じない。
「谷口警部は、妖怪を信じてるんですか?」
警部の唇から、煙がすぅっと出てきた。同じくらいの速度で、ぬるい風が開けた窓から入ってくる 白い煙が消えた。
「まぁお前が信じるか信じないかなんてどうでもいいんだ。今起きているこの現実をいかに整理しかたづけるかが課題だからな」
「どういうことですか?」
谷口警部は再び煙草を口先につけた。そして、離した。
「これからとある事柄の目撃証言を聞く お前にはそれを、後で他の連中が読むときにちゃんと伝わるような文章でまとめてもらいたい。 書式は自由だ。伝われば、それでいい。ちなみにこれが、他数名の目撃者の証言だ」
警部は折り跡だらけのファイルを出し、巡査へ渡した。角の折れたワープロ用紙が数枚、収められている。
「まずはそれを読め。そして目撃者が話し始めたら、傾聴すること。質問や確認はかまわないが、否定は絶対するなよ」
警部は灰を落とすと、深呼吸の代わりに大きく煙草を吸った。これから、経験のない何かが待っている。巡査も大きく息を吸った。半袖の制服から伸びた黒い腕が、窓から入る西日によりいっそう黒く輝いている。
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