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風車小屋
私が風車小屋に着いた時、既に風車の羽根は回っていた。
私は小屋の脇に自転車を止めると、玄関の扉をノックした。
「ごめんください」
しばらくして、いつもの丸眼鏡をかけたご主人が出てきた。40代の線の細い穏やかなご主人だ。
「ああマリカさん。今日は随分と早いお使いですね。小麦粉ですね?」
「はい。2袋頂けますか?」
「ええ少々お待ち下さいね。ああ、良かったら中でお待ち下さい。今から袋に詰めますので」
私は言われるがまま中に通される。
「そこの椅子にでも座っていて下さい」
ご主人はリビングにある椅子を指差した。
私はご主人の指定した椅子に腰掛け、リビングの中を見渡した。その時ふと、テーブルに置いているある物に目が止まった。
それは手持ち用の花火だった。
私はさっき、レインの寝床で見つけた花火のゴミを袋に入れて持って来ていたので、鞄から取り出して見比べてみた。どうやら同じデザインの花火のようだ。
「さて、お待たせしましたね」
ご主人が家の奥から小麦粉の袋を2つ持って現れた。
「すみません。あれは?」
私はテーブルの上にある花火を指差した。ご主人は私の指の先にある花火に目をやった。
「ああ花火ですか。あれはハンスが街で買って来たのでしょうけど、どうかされましたか?」
ハンスとはこの主人の息子さんの名前だ。確かまだ6歳か7歳くらいだった筈だ。
「いえいえ。あの花火をどこで買ったのかなと思って。ハンス君は今おられるでしょうか?」
「多分、庭で遊んでいると思いますよ」
「そうですか、分かりました」
私はご主人に代金を支払い、1つ3キログラムの小麦粉を2袋受け取り小屋を出た。
風車小屋の裏手に回ってみると、ハンス君は居た。薪割り用の斧で草を切ったりして遊んでいた。
「ハンス君おはよう。私はベーグル屋のマリカだけど分かるかな?」
「……おはよう」
ハンスは元気のない様子で答えた。
暗い表情だが、一見女の子にも見える美しい顔立ちの少年だ。
「ちょっと聞きたいんだけど、これに見覚えはない?」
私は袋の中から、花火のゴミと空のマッチ箱を取り出して見せた。
「…………」
ハンスは何も答えない。
「これはここから街の方に行く途中にある、2つ目の小川の近くで見つけたんだ。知ってることがあれば教えてほしいんだけど」
「……知らない」
ハンスはぶっきらぼうにそう答え、また斧でザクザクと地面を掘って遊び始めた。
私はハンスの手から斧を取り上げると、薪割り用の台に向けて力任せに振り下ろした。
ズカンッ!
台に斧の刃が食い込む音が鳴った。
それは自分でも想像した以上に激しい音だった。
「何か知っているんでしょう?
優しく聞いているうちに教えなさい」
するとハンスはみるみると涙目になった。ここで泣き叫ばれては面倒だ。
「あのね。私の大事な猫が虐待を受けたの。お願い。何か知ってるなら教えて。君がやった訳じゃないことは分かってるから」
「ごめんなさい……違うんだ、無理やりさせられたんだ」
ハンスはついに泣き出してしまった。
「そう……分かった。じゃあ、君にそれをさせた奴のところに案内してくれない?」
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