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どうも。ネコの使いです
廃墟の中に入ると、ハンス君と同じくらいの歳の少年が1人と、ほぼ大人と同じ体格の15歳くらいの少年が1人。座り込みゲラゲラと笑っていた。
「どうも。猫の使いです」
私がそう言うと、2人ともこちらを振り返った。
「……は? おばさん誰?」
「だからどうも猫の使いです」
と私は言う。
「俺知ってる。ベーグル屋のおばちゃんだ」
幼い方のチリ毛の少年がそう言った。
「悪者は君か?」
と、私はその少年に向けて言う。
「弟に何か用ですか?」
大きい方の少年が割って入った。
「大切な猫が火傷を負ってたの。それについて教えてくれないかな?」
「ああ、小川の所の白い猫のことでしょ? あれをやったのは風車小屋のハンスだよ」
チリ毛の弟はそう言った。
「ハンスは君たちに無理やりやらされたと言っていたけれど?」
「チッ、あいつチクッたのか。後で教えてやらなきゃな」
「へえ。てことは君が指示してやらせたって事で間違いないのかな?」
「そうだけど、それで何?」
チリ毛の少年は挑戦的な目で私を見つめた。
「おばさん。悪いけど帰ってくれよ」
兄貴の方がまたも割って入った。
私は鞄の中から、マッチ箱とハンスの家から持って来た手持ち花火を取り出して見せた。
「確か左耳の辺りと、左前足と、尻尾の付け根辺りだった。だから、同じところに火傷の痕を付けるってことでどうかな?」
と、私は微笑んでみせる。
「…………」
少年たちは何も言わずに、ポカンと口を開けている。どうやら伝わらなかったようなのでもう一度正確に伝える事にした。
「そこのチリ毛の君。君に言ってるからよく聞いてね。君の耳と腕とお尻をこの花火で焼くことで許してあげるって言ったの。分かった?」
「ハハ、おばさんちょっと待ってよ。そんな事していい訳ないだろ」
兄貴が立ち上がりこちらに歩み寄って来た。
私は身体を一回転させ、右手に持っていた合計6キログラムの小麦粉の袋を、遠心力を使ってその少年の側頭部に叩き込んだ。
鈍い音が鳴って彼の頭がぐねんと曲がった。
そして、地面に尻餅をついた。
「していい訳ない事をやったのは、あんたの弟だから」
彼はうずくまり、首を押さえて低い唸り声を上げている。多分むちうちのような症状になっている筈だ。しばらく立ち上がれないだろう。
「じゃあチリ毛の君。服を脱いでちょうだい。焼きを入れてあげるから」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あんた子供にそんなことするなんてまともじゃないよ!」
「君みたいな人間に言われたくないな。子供だろうと私は許さない。君はやっちゃいけないことをやった。償ってもらう」
そう言って私が詰め寄ると、弟はおいおいと泣き始めた。
自分で脱げないのなら私が脱がしてあげるといい、彼の服を無理やり引っ張って脱がし、パンツ一丁にさせた。
私は後ろを振り返り声をかける。
「ハンス君! いつまで隠れてるの? 出て来なさい」
ハンスは顔を覗かせた。怖がっているというよりも、私に対して引いているのが一目見てすぐに分かった。
「おばちゃん……本当に強いんだね」
「いいから。何を他人事みたいに言ってるの? 君がこの子の身体に焼き痕を付けるのよ」
「えっ! そんな事聞いてないよ! 出来ないよ!」
「そんな甘い事言ってるからイジメられるんでしょう? 誰も守ってはくれないのよ。君のお父さんやお母さんはイジメから守ってくれたの? これからだってそうなのよ。世の中には必ずクズがいるの。無関係な猫を自分の欲求のために虐待するような奴がね」
私はマッチ箱と花火をハンスに差し出す。しかしやはり受け取ろうとしない。
チリ毛の少年は情けない格好で泣きながら、ごめんなさいとひたすらに謝っていた。
この子は、ただ助かりたい一心で謝っているだけで、誰に対して謝らなければならないのかすら理解してはいないのだろう。そんなものだ。
ただひとまず、これでハンス君に対するいじめは止まる筈だ。
「じゃあ、帰るね」
私はそう言い小麦粉の入った袋を持ち上げる。
「え? 帰っちゃうの?」
ハンス君は焦ったように尋ねた。
「うん。だって早くお店に帰らなきゃ。私まだお使いの途中だから」
「いや、まあそうだけど、だって……」
私はどもるハンスの言葉を待たず、廃墟を足早に出た。
自転車に乗ろうとしてると、ハンスが追いかけて来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
とハンスに腕を掴まれる。
「ハンス君。いい? 少なくとも今後は誰かに打ち明ける勇気を持ちなさい。塞ぎ込んじゃダメ。神様は助けてくれない」
「でも、父さんや母さんに心配かけたくなかったんだ」
「それは嘘ね。じゃあどうして、暗い顔をして小屋の裏にいたの? それはお父さんにどうしたんだ? って声をかけて欲しかったからでしょ? 心配して欲しかったからでしょ? それじゃダメ。恥ずかしくてもはっきりと言葉で言いなさい」
「分かったよ。これからは……そうする」
私は俯いた彼の頭をぽんぽんと2回叩く。
「君も帰るなら、ベーグル屋までは送ってあげるよ。後ろに乗る?」
頷いた彼を乗せて、私は丘の上のベーグル屋へと向かった。
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