招かれざる

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 古い一軒家に帰り着いたとき、ふう、と息をついたことに特に意味はない。母に頼まれた牛乳を、フツーに買いにでかけ、フツーに帰ってきたな、とフツーの高校生である自分の普通さを圭太(けいた)は感じただけだ。のだが、 「かくしたってなんの解決にもならないだろ」 「お子ちゃまは黙ってろ」 珍しく、庭の片隅のプレハブの物置の前で、弟たちが騒いでいる。普段は近寄ることもないのに、扉が開いているのを見るのは何年ぶりだろう。 「お子ちゃま以上のお子ちゃまに言われたくないよ」 「ガキんちょが、小学生のくせに中学生のおニイさまになんだって?」 「はいはい、ストップ」 圭太が弟たちの間に入る。 「いっぺん落ちつこうか。どうした」 小学生の英太(えいた)が、くいとメガネの黒いふちを持ち上げて説明してくれた。 「ぼくが読みたい本を父さんが持ってたっていうから、探しに来たら、友兄(ゆうにい)が0点だったテストをかくそうとしてたんだ」 「なるほど」 その行動が、お子ちゃま以上にお子ちゃまだと。うんうん。 「カリスマアーティストにオレはなる!から、勉強なんてできなくたっていいんだ、オレは」 中学生の友太(ゆうた)は高らかに宣言してふんぞり返る。 「うん、まあ成績は関係ないね」 その道に。確かに。 「でも母さんに怒られるのはイヤなんだろ」 「だから黙っとけって言ってんだよ小学生」 「うんわかった、言わないよな、英太」 精神年齢が逆転していても、腕力は実年齢が上の友太に分がある。間を遮って、二人の間に踏み込んだ圭太の足が、物置のスチール棚を揺らした。  ぽん! 「え」 突然、瓶の栓を抜いたような明るい音がはじける。とともに、ふいに頭上に、ふくよかな物体が煙のようにわいてでて、三人の目をくぎづけにした。耳は白、黒やオレンジをふっくらした頬と胴体に散らした、 「猫?」 「でか」 圭太より大きい。その巨体で軽々と、くるくる宙を舞いながら、 「開!運!招!福!」 着地の瞬間に、長いヒゲの横に前足をちょこんとあげて、手招くポーズをキメる。 「猫は猫でもこのとおり、招き猫でございます!」
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