生者に穢されて

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今から4年前の話です。私はその時、東京の郊外にある花屋に勤めていました。  花屋といっても、皆さんが想像するような花を売る仕事ではなく、主に、葬儀の花祭壇を担当する会社です。なので、会社の広い駐車場には、作った花祭壇を葬儀場に運ぶための大型トラックが並び、また、花祭壇や葬儀に使う大道具を回収し、廃棄するためのゴミ捨て場がその隅にあったのでした。  その日は、葬儀場から戻ってきた業務部達の廃棄作業もようやく落ち着き、しんとした社内の2階で、遅番を勤めていた時の事でした。真夏の夜でしたので、7時頃になっても空はまだ群青色です。その為、外の景色もよく見えていました。  一方で私は、社内でのセクハラ、パワハラが原因でうつになっており、ほぼ無表情無感情のままで、作業完了の報告をPCで打っておりました。すると、虚ろになっていたその目に、窓の向こう――、遠目に見えるゴミ捨て場から、何やら見慣れぬ物が映ったのです。 「あれ、なんだろう」  無味乾燥の呟きに、事務室に残っていたパートさんたちが、ぎょっとして私の方へ振り向きました。 「どうしたの?」  私がぼんやりと外を見ているのが気になって、パートさんたちも歩み寄っては、窓の向こうを見ます。するとやはり彼女達の目にも、腐った花と一緒くたにされた木材の上、そこにぽつんと置かれている白い物が映ったのです。ゴミ捨て場の真ん中で映える唯一の白い箱。遠くだったので何かは分かりませんでしたが、私も、そしてパートさんたちも、何故だか不気味に感じたのでした。 「なんだろう」 「ちょっと、見てみない?」 「うん、確認してみようか」  と、皆がおそるおそる声を掛け合いながら、外階段を下ってゴミ捨て場に近づいていきます。私も後に続きました。やがて、5メートルくらいの距離まで近づいた時、一気に視界が開け、その姿と正体を知ることになりました。その瞬間、パートさんが短い悲鳴をあげました。 「な、なによ、これ」  と、その時パートさんは言いましたが、葬儀関係者として、その正体を知らぬ者はいませんでした。  その、20センチ四方の白い箱は、紛れもなく「骨箱」でした。  そう、火葬をしたご遺体の骨を納める骨壺を入れる箱です。本来なら、葬儀場に残されて遺族の手の中にある筈が何故、こんなゴミ捨て場に置かれているのでしょうか。 「どういう事なのよ……!」 「誰がこんなことをしたのよ!」  パートさんたちは当然戸惑いましたが、そのままでは埒があきません。そこで私が前に出て、中身があるか確認してみることにしました。驚くパートさんたちを置いて、私は躊躇なく歩み寄ります。その前では、捨てられた草花やぐちゃぐちゃになったオアシス(花を挿すためのスポンジのようなもの)が積み上がって行く手を阻みますが、つま先を立てて骨箱の四隅を掴み、何とか持ちあげることが出来ました。  その時に感じたずしりとした重さに「あ、中身があるな」と、確信しました。そこからしゃがんで骨箱を太腿の上に置くと、その紐を解きます。その様子をパートさんは不気味に思ったらしいのですが、私はうつ病だったのです。すると、やはり、骨箱の中には真っ白な陶器の骨壺があり、そこには名前の記載もありました。 『平成〇〇年七月十一日 〇崎 ◆郎 享年 八十八歳』   なるほど。それはまだ拙さの残る、私の同期の文字でした。やはりうちの会社が担当した喪家の物だったようです。 「うっわ、何それ、最近のじゃん。気持ち悪い……」  ゴミ捨て場の腐臭が生温い風にのって伝わります。それが余計に胸糞を悪くさせるのか、パートさんたちは顔を歪ませました。続いて私が、骨壺の蓋にまで手をかけようとした時、誰かが「やめて!」と、叫びましたが間に合わず、骨壺の蓋は開かれました。すると、のぞき込んだその中身は――、空でした。 「ああ……何もなかったみたいですね」  それにパートさん達は安堵しましたが、皆怖がって近づこうとはしません。それに対して、私はあの時一体何を血迷ったか――、遠目から見ても空であることをちゃんと見せようと思ったのか――、いきなり骨壺を掲げてそれを逆さまにしたのです。「ホラ、何もなかったでしょ」と、そう言って済ませる予定でした。    そう、空だったと、本気で思っていたまでは。
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