黒い猫

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 小規模な保育園で、のんびり育った聡子は、生来の大人しい性格も相まって、周りの子たちより少しスローペースな子どもだった。  3月生まれだったから、4月生まれの子たちとはほぼ一年の差があったのも学校生活に慣れるのに時間がかかった一因だったのかもしれない。  とにかく入学したばかりの聡子にとって、朝の登校から放課後までの緊張に満ちた集団生活に慣れるのは大変な苦労だった。  それでも、仲良しの友達ができ、週に一回、団地の集会所で開催される習字教室のお稽古も楽しくなってきた頃、引っ越しするよ、と突然母が言ったのだった。  新しい学校で、聡子はなかなか友達ができなかった。  最初の小学校より規模の小さな田舎の学校で、生徒の数はすくなく、各学年に1クラスしかなかった。  ほとんどが同じ幼稚園か保育園から就学してきた幼馴染みの延長で、幼いながらももうすっかり出来上がった人間関係にあとから入ってゆくのは、引っ込み思案の聡子にとって、逆上がりより二重跳びより難しく思えた。  母親は仕事を掛け持ちして生活費を稼ぎ、それまでも滅多に家に帰って来なかった父親の数少ない服や生活用品は新しいアパートの狭い部屋のどこにも運びこまれていなかった。  聡子は学校から帰宅すると、二間しかないアパートの小さな部屋でおやつを食べ、宿題をしたあとはテレビを見て母親が帰ってくるのを待つのが日課だった。  ブロック塀で囲まれた二棟建てのアパートに他に子どものいる世帯はなかったから、狭い庭に出ても一緒に遊ぶ相手はいなかった。  アパートから歩いて5分ほどのところに児童公園があったが、その公園の広場で『中当て』や『ケイドロ』をしている活発で陽気な子どもたちは、聡子にとって別の世界の生き物くらい、近寄りがたい存在だった。  その頃の聡子のお気に入りの場所といえば、バス通り沿いにある図書館とその帰り道に時々立ち寄る貯水池の遊歩道にある東屋だった。  図書館で借りて来た本を家ではなくその涼しい六角屋根の東屋で読みながら、暮れてゆく住宅街の音を聞いているとなぜか安心できた。  一緒に習字教室へ通っていた愛子ちゃんと二年生になったら一緒に生き物係をやろうねって約束していたのに。  高学年になったら、合唱クラブに入る約束もしていた。  二人とも歌うのが好きだったから……。  春休みの間に私が急に転校して、愛子ちゃんはびっくりしたかな。  もう誰かと生き物係になったかな。  私の事、忘れちゃったかな。    聡子は愛子ちゃんの事をかんがえると、いつも寂しくて悲しい気持ちになった。  お父さんに会えないことも、お父さんの話をするとお母さんが辛そうな表情をすることも聡子の心を暗くした。  あの町に越したばかりの頃、聡子は遊ぶ相手どころか話す相手さえいなかった。  
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