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そんなことを思い出していると、
「お通夜、行ってあげなさいよ」
と母親が言っていた。
「えー?」
聡子はレンジから温めなおした「お好み焼き鳥半額シール付き」を取り出してテーブルに置きながら、驚いて聞き返した。
「だって世界にたった一人の父親なんだから」
「そうだけど……」
最後に父親に会ってから18年は経っていた。
「ママはいいの? 行かなくて」
「私はもう他人だもの。でも聡子にとって父親はあの人だけよ」
それはそうだけど。
「あなたのこと本当に可愛がっていたのよ」
「うん」
通夜は父の実家で行うらしく、伝えられた住所は個人宅のものだった。
「名古屋……」
「そう、愛知県だったのよねぇ」
急にしんみりとした口調で母が言うので、行きたくないと言えない雰囲気になってしまった。
お店、休みたくないのに。
聡子は小さなカフェを経営している。
駅前、というわけではないがターミナル駅から徒歩圏内にある古いテナントビルの一階で昼間はランチ、夜はアコースティック中心のライブハウスとしてそこそこ集客に成功していた。
ところが、このところ新型ウイルスを恐れて、街から人が消え、当然利用客は激減。
公的支援はなかなか届かず、苦しいだけの経営をもう何か月も続けていた。
一日でも休めば、いま利用してくれている常連のお客さんたちに休業と誤解され、足が遠のきそうでこわい。
ランチメニューのテイクアウトや出前で一定の売り上げはあるものの、ライブハウスの営業はしばらく自粛せざるを得ず、収入の4割近くが削られてしまっている。いくら頑張っても支払いは徐々に焦げ付き、このままいけば体力が尽きるのは時間の問題だった。
そんなギリギリの生活の中、顔もおぼろげな父親の死を悼む気持ちの余裕が自分の心にあるだろうか。
「なにも心配することないから。こんなに大きくなりましたって焼香をしてあげてきてよ。」
と母は気楽に言ってくる。
「わかった」
渋っ々のしぶい表情で聡子は仕方なくうなずいた。
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