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「兄ちゃん、猫ババアをやっつけてよ」  久々の実家で顔を合わせた(まさ)は、おかえりよりも先に不穏な要求を口にした。  11歳も年の離れた、たった一人の可愛い弟である。これまで大抵の頼みは受けてやってきたが、流石に今回は二つ返事で承諾するわけにはいかなかった。 「猫バ……何だって?」 「だからぁ、猫ババア」  俺が眉を寄せて問い返すと、昌は少々苛立ったように言った。 「飛行機公園の裏のとこにさ、ボロボロの家があんだけどさ、そこに頭おかしいババアが住んでんの。野良猫にエサやっててさ、子供が猫に近づくとボーリョクふるってくるんだよ? ヤバくね?」 「えっと……」  早口でまくし立てる昌の様子に困惑しながら、俺は自らの足元を見下ろした。  地元を離れるときに買った安いスニーカーは、足裏を保護するという必要最低限の機能しか持ち合わせていない。最寄り駅から雪を踏みしめて歩いてきた俺の足は、氷のように冷たくなっていた。 「……昌、ひとまず靴脱いで手洗いうがいして、コタツに入ってからでいいか?」 「えー!」  そんな不満げな声をあげられても困る。少なくとも玄関の三和土からは上がらせてもらわなくては。  俺は「ごめんな」と苦笑しながら靴を脱いだ。  以前の昌は、もっと聞き分けがよくて優しい子だったような気がするのだが。小学3年生にもなると、やはり段々と生意気になってくるものなのだろうか。  俺が荷物を置いて手洗いうがいをし、キッチンで揚げ物をしていた母さんのところへ顔を出している間も、昌は「早く早く」と俺の周りをぐるぐる歩いていた。
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