声を聞かせて

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そんな幸せな日々に、突然嵐が訪れた。 嵐というのは窓の外の世界に、強すぎる風と激しい雨が同時にやってくることだ。しっかり窓を閉めて厚いカーテンを閉じていても、びゅうびゅうという大きな音が鳴り響き、ガタガタと窓枠を揺らす。 そんな恐ろしい出来事が窓の外側ではなく、この小さな部屋の中にやってきたのだった。 その日も外が暗くなってしばらくすると、ドアの方からガチャガチャという音が聞こえてクッションから飛び起きた。 「ただいまー」というあなたの声のあとに 「おじゃましーす」という知らない声が重なった。 耳がびくっと動いたと同時にパニックに陥った私は、瞬時にソファーの下に身体を隠した。 ダレ?ダレ?ダレ? 「おーい。あれ?」 「どこどこ?どこにいるの?ねこちゃん」 「どっか隠れちゃったみたい」 「えー、なんでぇ?会いたいのにぃ」 いつもはすぐに見つかる場所にいる私が姿を見せないので、あなたは少し困っている。 だけど経験のない出来事にすぐに対応できるほど私の能力は高くない。 どうしていいかわからなくて、怖くて怖くて、出来る限り小さくなりながら息を殺していた。 「人見知りなんだ。今日はそっとしといてあげて」 「だって仲良くなりたいもん。名前教えて」 「えーと、名前は…ない。付けてないんだ」 「え?!なんで?だってもう2歳だって言ってなかった?」 「そうだけど。最初付けようとしたんだけど何て呼んでも返事してくれなかったから」 「じゃあなんて呼んでるの?まさかねこって?」 「いや、おーい、とか。おいでー、とか。だってこんな狭い部屋だしふたりだけだから」 あなたの言い訳には少しだけ嘘があったけど、この場所はふたりだけの場所だと言ってくれたのは嬉しかった。 「早くいなくなって」という必死の願いが通じたのか、飲み物を飲んだだけでふたりとも外へ出ていった。 次に「ただいま」の声が聞こえた時、あなたがひとりだとわかっても、私は出て行ってあげなかった。 「おーい、どこにいる?」 シャッとカーテンをめくる音が聞こえる。私が隠れていそうな場所を探しながら小さな部屋の中を歩き回っている。 「もう怖くないから、出ておいで」 いつもの優しい声にやっと安心して、ソファーの下からしっぽだけ出して振って見せた。 「みーつけた」 大きな身体を丸めてソファーの下を覗き込む瞳は、いつもと変わらない。 「ほら、機嫌直して」と私の好きな「おやつ」を匂わせてくる。 ずるい。 仕方なく出ていくとあっさりつかまって膝の上にのせられた。 差し出されたおやつをぺろぺろとなめると、反対の手で優しく背中をなでてくれる。 「いきなりごめんな。お前が人見知りってこと忘れてた。いつもちゃんとだっこさせてくれるからさ」 だってそれはあなただから。あなた以外の知らない人は怖い。 「猫飼ってるって話したら、どうしても見たいって言い出して。俺も自慢のお前を見せたくなっちゃったんだ」 そんなこと言われても嬉しくない。 「会社の一年先輩なんだけど。俺と付き合いたいんだって。しばらく彼女いなかったからな。ちょっとおしゃべりだけど良い人だよ。また連れてきてもいいかな?」 嫌です。絶対に連れてこないで。 私が人間の言葉をしゃべれたら良かったのに。 「付き合う」って知らない言葉。「彼女」ってあの人のこと? あなたと私だけの小さな世界にもうひとり増えるのが、こんなに辛いことだと思い知った夜だった。
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