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今まであまり考えたことがなかったけど、あなたは「人間」のオスだ。
そしてどうやら私は「猫」のメスらしい。
「猫」にもオスがいるのだろうが、私はまだ会ったことがない。
そして当然ながら「人間」にもメスがいる。
「人間」のメスはあなたより少し小さくて、毛が長くて、声が高い。
「ねぇねぇ」と語尾を伸ばした高い声であなたに話しかける。
聞きたくない、私には不快なだけの甘えた声で。
「もう来ないで」という私の願いもむなしく、彼女は何度もやってきた。
いつもあまり付つけないテレビを付けて大声で笑ったり、彼女が作った見慣れない食べ物を食べたりするあなたは、まるで別の人みたい。
滞在時間も長くなってきて、私はかなり追い詰められていた。
彼女が部屋にいる間ずっとカーテンの陰や本棚の裏で気配を消している。
それでも時々思い出したように「ねこちゃん、どこぉー?」と言いながら私を探し始めるので油断できなかった。
「ねぇ、本当は猫なんていないんじゃないの?」
いいえ、います。私はここにいます。
「いるんだよ。ほら、キャットタワーもキャットウォークもあるし」
「だけど全く気配がないじゃん。鳴き声も聞いたことないし」
「おとなしい猫なんだ。俺も声はめったに聞けない。ボイスレスキャットって言われているくらい鳴いても小さな声だから、こんなアパートでも飼いやすいんだよ。写真見せただろ?」
「見たけど。ロシアンブルーがそんなにシャイだなんて知らなかった。アメショーとかマンチカンの方が懐いて可愛いのに」
「ロシアンブルーだって可愛いよ。俺にはちゃんと懐いてるし、たまにくるデレがたまらないんだよ」
「えっ?ツンデレが好きだったの?あー、だから私なんだぁ」
違います。私と彼女が似ている所は1つも見当たりません。
「ん?あ、うん、そうかな。あと、毛並みがなめらかな絨毯みたいで気持ちいいんだ。目なんてエメラルドグリーンでさ。歩き方も上品でのびやかで。子猫の時は本当に可愛くて、ペットショップで一目ぼれして、最初のボーナス半分突っ込んだんだから」
「えー!一目ぼれって何それ。もしかして私猫に負けてるの?」
「ちがっ、そんなことない、違うから」
「もぉーひどーい」
ちょっと怒ったふりをする彼女の手にまんまとひっかかる素直なあなたは、思いつく限りの言葉を並べて私より彼女が好きだと言い続ける。
そして機嫌が直ったふりも上手な彼女と手をつなぎ、ベッドに行くのが最近の流れだ。
当たり前のように泊っていくことが増えた彼女は、あっさりと私の寝床も奪った。
今日はベッドの下に隠れなくて良かった。
ミシミシと揺れるベッドの下で震えながら朝を待たなくてもいい。
高くて大きな声で甘く鳴く彼女に「可愛いよ」「好きだよ」と言い続けるあなたの声を聞いていなくてもいい。
私の方がもっと良い声で鳴ける。
私の方がもっと可愛い声で鳴けるのに。
あなたが喜ぶなら、もっともっと声を出せばよかった。
「声を聞かせて」と強請られるたびに、甘えて鳴いてみせればよかった。
そうすればその場所で私を抱いてくれた?
朝まで胸の上にのせて、優しく背中をなでてくれた?
耳を塞ぎたくなるような高い声であなたを誘う彼女も、ふたりの息遣いもなにもかも。
キライ。キライ。キライ。
ふたりがベッドに入って明かりが消えたタイミングで、私は本棚の裏から抜け出しカーテンの陰に移動した。
今日も雨が降っている。
湿気は苦手な私だけど、雨の音は好きだ。
窓を打ち付ける雨音が心地よくて、じっと耳を傾けた。
今夜、雨が降っていて良かった。聞きたくない音を全て覆い隠してくれる雨音が好きだ。
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