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「もう来られないって……?」
「残念ながら、申し訳ありません。私も命花ちゃんのことは心配ですが、どうしても」
佐藤の土産菓子に、紅茶と珈琲を片手に四人で談笑している途中、今村は天野に改まった態度で話かけてきた。
「相談しないといけないことがある」、と申した今村は一瞬意味深に命花と佐藤へ目配せを送った。
今村と二人きりで話し合うために、命花と佐藤には命花の部屋で待ってもらうことにした。
今村の神妙な面持ちから嫌な予感はしたが、案の定今村による命花への行動援護の”サービス打ち切り”の話だった。
行動援護は元々、命花が大学生活の調子に慣れるまでの約束だった。
とはいえ、あの金曜日の夜、幸い無傷だったとはいえ命花が事件に巻き込まれた事実。
そして、学生達を負傷させた元凶が明らかになっていない現状を、美琴は重く受け止めている。
事件が未だ収束していない中、命花を今村抜きで大学へ通わせるのは心許ない。
「何とかなりませんか。せめて、行きと帰りだけでも」
「本当にごめんなさい。実は……丁度週末に、妊娠が発覚したんです」
今村からの衝撃的な報告に、美琴は驚愕すると同時に、彼女側の事情を悟った。
「そうだったのね。おめでとうございます。そしたら私も、無理に引き止めてしまってごめんなさい」
「いえ、私のほうこそ申し訳ありません。命花ちゃんが大変な時期に」
「どうか謝らないで。お身体を大切にしてね」
心底申し訳なさそうに謝罪する今村の気持ちが痛いほど伝わり、美琴は慌てて彼女を宥める。
新たな命を宿す身重の今村が、事件現場の近辺で行動するのは、家族も心配でたまらないだろう。
娘の命花を想う美琴も、今村とその家族へ重い負担を課すのは心苦しい。
「ありがとうございます……命花ちゃんのことは、私からも南雲さんにまた報告と相談をします」
「ありがとう」
幸い、南雲を通じて知り合った今村から、再び彼へ相談を仰いでくれるだけでも有難い。
「あの、こんなことを私が言うのも難ですが……命花ちゃんのことは、佐藤君に任せられると思います。お二人からも、話に聞いていましたが……彼、本当にいい青年です」
命花と伴に動く佐藤を傍で見ていた今村も、彼へ好印象を抱いていた。
今村曰く、佐藤は最前列で受講したがる命花の隣で勉強に励み、教室移動では困惑する命花が迷わないように案内してくれたらしい。
昼食には、食堂の人混みと騒音が苦手な命花に配慮し、静かで自然豊かな中庭へ連れて行ってくれたりも。
通学初日は、緊張のあまりぎこちない笑みを張り付けていた命花が、最近は表情が和らいでいる理由に佐藤の存在があると知った。
佐藤が、命花にとって本当の良き友人になろうとしているらしい。
粋を利かせた今村に、美琴の唇はほころぶ。
「あの、天野さん……差し支えなければ、一つ訊いてもいいですか」
「ええ、何かしら」
話の途中、今村は躊躇した様子で言葉を探してみせた。
首を傾げながらも淡い微笑みで肯く美琴に、今村は意を決して問いかけてきた。
「命花ちゃんと一緒にいた大学の先輩を襲ったのは……野生動物なんですか?」
奇妙に聞こえる今村の問いに、美琴は固唾を呑んだ。
何かを思い出している美琴の沈黙は、肯定を表すように重苦しそうだった。
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