第134話 命を懸けて(別視点)

1/1
8834人が本棚に入れています
本棚に追加
/157ページ

第134話 命を懸けて(別視点)

 会議を終えたノーチェは場所を変え、ウィジェルとルドルフとともに今後の方針を話し合った。  ノーチェはこの場で山ほどの疑問点をぶつけ、将軍と精霊魔法士長を散々質問攻めにした。  正直、二人の実力を疑っているかのような質問も飛び出したが、それでもウィジェルもルドルフも、訊ねられた質問に淡々と答えていった。  これがノーチェのやり方だと知っていたからだ。  国政や軍事などあらゆることを学び、自身で考え決定してきたイグニスとは違い、ノーチェは、その道の専門家に任せるべきという考えを持っていた。  ただし、出された提案の精査は、自身が納得し、責任が取れると判断できるまで徹底的に行う。  それが、あらゆる専門性を身につけた兄とは違い、尖った知識しか持っていないと客観的に判断しているノーチェの戦い方だった。  そして、 「お疲れ、ルドルフ。長い時間ご苦労だった」  ウィジェル卿が戦の準備のために立ち去り、部屋に残ったルドルフに、ノーチェは労いの声を掛けた。  ルドルフが小さく笑いながら立ち上がる。 「いやいや、あなた様からのご質問があの程度で良かった」 「まあ正直、こちらがどれだけ万全を期して臨んでも、意味がないんじゃないかって思ってしまってね。なんせ相手は、大精霊の力と膨大なオドを操る、精霊王のなりそこない。正直、何をしてくるかさっぱり予想もつかないからね。兄さんがいれば、もっといい案を出してくれたんだろうけど」  お手上げだと言わんばかりに苦笑いを浮かべながら、両腕を上に伸ばして緊張を解きほぐすノーチェの前に、ルドルフがお茶を置いた。  ノーチェは、自身がイグニスよりも劣っていると思っている。  しかし、フォレスティ王国の王子三人に精霊魔法を指南してきたルドルフから見ると、ノーチェには兄にはない優秀さを持っていた。 (陛下とノーチェ殿下の能力は相性がいい。本来ならば、陛下の相談役として殿下がいるのがいいんじゃろうが……)  脳裏に、ベッドに横たわるイグニスの弱った姿がよぎり、ルドルフは下唇をわずかに噛みしめた。  老いた自分はこうして生き残り、若き希望は失われようとしている現実に、理不尽さを感じずにはいられない。  ルドルフは自身のために入れたお茶を手に、ノーチェの前に座った。そして、カップに口を付けているかつての教え子に、真剣な表情を向ける。 「それで、何かわしに話したいことがあるのでは?」 「……察しがいいね」  薄く笑いながら、ノーチェはカップをソーサーに置く。  イグニスと同じ、細い瞳がルドルフを射貫く。 「自分の予想だが……恐らく今回のバルバーリ王国との戦争――いや、ソルマン王との戦いは、精霊女王の力が要になる」 「殿下が発見された、新たな精霊魔法ではなく?」 「ああ。ソルマン王の足止めぐらいにはなるだろう。だが、勝利には結びつける決定打にはならないだろう。実際、ソルマン王と対峙したルドルフには分かるだろ?」  悔しそうに唇をゆがめるノーチェ。  ルドルフもカップの中の液体に映るものを見つめながら、同じ気持ちを抱えていた。  実際、ソルマン王と戦ったルドルフには分かっていたのだ。  相手が自分よりも強いことを。  フォレスティ王国の精霊魔法の頂点にいると言われている自分よりも、ずっとずっと強いことを――  精霊宮が襲撃を受けた際、ルドルフが何とか持ちこたえられたのは、相手が自分たちを格下の相手だと見下し、ギアスで捕らえた下位精霊たちから力を引き出していたからに他ならない。  ソルマンが温存していた大精霊の力を使って攻撃すれば、ルドルフが契約している上位精霊たちでも敵わない。  それだけ、大精霊と上位精霊の間には、越えられない壁がある。  だから彼が抱く無力さが、痛いほど理解できる。  しかし、とノーチェが続ける。 「さっきも言ったが、足止めにはなるはずだ。そして、ソルマン王を足止めできるのは、ルドルフ、お前しかいない。もし、ソルマン王が我々の予期せぬ行動をし、フォレスティ軍が全滅すると予想されたとき、そして精霊女王の身に危険が迫ったとき――」  ノーチェの表情が、苦悶で歪む。下唇を噛みながら、視線を逸らしたかつての教え子に、ルドルフは優しく微笑みながら、彼が口ごもった言葉の続きを口にした。 「わしのオド全てを精霊に捧げ、皆を守ることを誓いましょう。必ず」    オドを全て捧げる――  それは、ルドルフの命を懸けるということを意味していた。  ノーチェが口にしようとしていた言葉は、国の為に死ねと言うことと同義。  幼い頃から精霊魔法の師として尊敬してきた相手に、命を懸けろと宣告しなければならないことは、国の為だとはいえ、ノーチェには辛くて堪らないことだった。  だが全てを悟った師は微笑みながら、自分が口にできなかった言葉に同意し、皆を守ると誓った。  まるで当然だと言わんばかりに。 「そんな顔をならず。わしは十分生きました。子も、教え子たちも立派になり、精霊女王と相まみえることも叶った。もう思い残すことはない。この尽きかけた命で、フォレスティ王国に住む若き者たちや、精霊たちの未来を守ることができるなら、なぁに、安いもんじゃて」  ルドルフがカラカラと笑った。  だが笑いが止まったかと思うと、真剣な師の瞳がノーチェを真っすぐ見据える。 「先ほど殿下は、精霊女王の身の危険とおっしゃられたが、アラン殿下も守るべき対象とされるべきじゃろう」 「アランを?」  ルドルフの言葉にノーチェは瞳を瞠った。  確かに、アランは自分にとって大切な弟だ。勿論守るつもりではあるが、アラン自身も今回の戦いに命を懸けるつもりでいる。  エヴァの身を守るために。 (ルドルフがアランの身の安全を強調するには、何か理由があるのだろうか?)  ノーチェの考えをくみ取ったのか、ルドルフは組んだ両手をテーブルの上に置いて話し始めた。 「アラン殿下は、エヴァ嬢ちゃんを守るために命を張るおつもりじゃ。じゃが……もし目の前で殿下が殺されるところをエヴァ嬢ちゃんが見たとき、どうなるじゃろう?」  それを聞き、ノーチェはハッと息を飲む。  アランが死ぬのを目の当たりにしたエヴァの精神は、恐らく崩壊する。  それによって引き起こされるのは―― 「精霊たちの、暴走……」 「恐らく、先日の嵐以上の事態が起こるじゃろう。もしかすると……それは世界中で発生するかもしれん」  精霊宮での戦いの際に引き起こされた嵐は、エヴァが自身を強く責めたことによって起こったと、彼女からの話によって判明している。  もしアランが殺されたとなれば、この戦争を引き起こした元凶であると自分を責めるだろう。 「最悪、世界中の精霊が暴走して、崩壊に繋がる可能性も……」 「そういうことじゃ。だからエヴァ嬢ちゃんはもちろん、アラン様も何としてでもお守りする必要があるじゃろうな」 「……分かった。肝に銘じておくよ」  ノーチェは大きく頷いた。  仮にソルマン王に勝てたとしても、世界が崩壊してしまえば元も子もない。  それに、 (二人には――精霊女王とルヴァン王には、今度こそ幸せになって欲しい)  青いソッと瞳を伏せると、この国を造り、そして守った二人の前世に想いを馳せた。  フォレスティで精霊魔法を学ぶ者として、精霊女王と初代国王の存在は外せない。  二人を尊敬し、強い憧れを抱いたからこそ、成人し、二人の死の真実を伝えられた時、深い悲しみと怒りで心がいっぱいになった。  だからこそ、その生まれ変わりであるエヴァとアランには、今世で幸せになって欲しい。  特にアランは、幼いころから前世の記憶に苦しめられてきたのを間近で見てきたのだ。  家族として、余計にその想いは強い。それはきっと、伏せている兄イグニスも同じ願いのはずだ。  それは、精霊たちを大切に想い、長年エヴァたちを見守ってきたルドルフも同じだった。  ただでさえ前世で辛い別れをしただけでなく、今世も過酷な道を歩まなければならない二人の未来が光に満ちたものであることを、願わずにはいられない。  静寂の中に祈りが満ちる――
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!