第147話 この馬鹿げた戦争に終わりを

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第147話 この馬鹿げた戦争に終わりを

 全ての元凶であったソルマンの魂は、闇の大精霊に喰われて消滅した。  これで三百年前から続いていた、辛く悲しい因縁にも決着がついた。  やっと――  彼はずっと、自分と同じ存在を求めていた。  その想いが、エルフィーランジュを誘拐するという最悪の形をとらなければ、また別の結末があったのかもしれない。 (友達……とか?)  戦いではなく友情によって、バルバーリ王国にギアスと霊具を捨てさせることができた未来が。  皆で笑い合える未来が――  ……ううん、考えても仕方ないわ。  彼は決して許されない罪を犯した。  その裁きを私が下した。  それが全て。  見下ろすと、霊具を失ったバルバーリ王国の魔法士たちが、フォレスティ兵に投降している姿と、ウィジェル卿率いるフォレスティ本軍が、ソルマンが消滅したことで兵が逃げ出し、弱体化したバルバーリ軍に突き進んでいくのが見えた。  もうこの戦争は終わり。  ソルマンと霊具を失ったバルバーリ王国に、勝機はない。  この身体が、ゆっくりと地上に向かって下りていく。   半分同化した魂を無理やり引きはがされた激痛により倒れている、リズリー殿下の前へ。  地面に足が付くと、大精霊から伸びていた羽が消滅した。だけど、大精霊たちは人の目に視える状態で、両肩に浮いたままだった。  殿下は肩を痙攣させながら、荒い息を繰り返していた。瞳を強く閉じ、薄く開いた唇からは呻き声が洩れ出ている。  魂を無理やり引き剥がされると、激痛で気が狂うこともあるらしい。  けれど、 「えっ……エ、ヴァ……」  私の存在に気付き、顔を上げた殿下の表情は、苦痛で歪みつつも理性があった。無様な姿を姿を見せたくないのか、必死になって身体を起こそうとしている。  ダメージは大きそうだけれど、大丈夫みたい。  精神的に繊細な方でもないから、あまり心配していなかったけれど。 「リズリー殿下、ご気分はいかがでしょうか?」 「この状態を見て……僕に聞くのか? お前は……」  今の発言に思わず苦笑いを浮かべてしまい、殿下に想いっきり睨まれてしまった。  でも不思議。  以前なら睨まれると身が竦んでいたけれど、今は全然怖くない。    気持ちの変化に驚きながら、私は両手を腰に当てて笑って返した。 「ご安心くださいね。ソルマンと同化していた魂を無理やり引きはがされた痛みは、時間が経てば治まってきますから」 「魂を分離? ソルマン王の魂はどこだ⁉」  リズリー殿下は瞳を瞠ると、自分の胸に手を当てた。小さく、嘘だ、と呟くと、今度は小動物が辺りを警戒しているように周囲を見回し――最後に私を見た。  だから告げる。  祖先の魂が辿った結末を―― 「ソルマンの魂は消滅しました」 「しょう……めつ……?」 「精霊たちを苦しめた罪を、その存在をもって償わせたのです。でも感謝してくださいね? あのとき、あなたとソルマンの魂を分離させなければ、あなたも消滅していたのですから」 「ふっ、ふざけるなっ‼」 「ふざけてなんていません。あなたはこの時代に生きる人間。ならば裁くのは精霊女王ではなく、この時代に生きる人々ですから」 「この僕に、裁き……だと?」 「はい。ソルマンの魂は消滅し、バルバーリ軍にある霊具は全て破壊しました。ソルマンが目の前で倒されたことで、バルバーリ兵も逃亡をしています。弱体化したバルバーリ軍にはもう、フォレスティ軍に抗う術はありません」    私はここで言葉を切ると、唇を戦慄かせているリズリー殿下に向かって、静かに要求した。   「どうか降伏を、殿下」  この馬鹿げた戦争に終わりを――    次の瞬間、 「エヴァっ‼」  名が呼ばれると同時に、目の前の視界に黒が映り込んだかと思うと、何かキラッと光るものが宙を舞った。  私と殿下の間に割り込むように入って来た人物の後ろ姿に、心の奥がジワッと熱くなり、溢れた気持ちが言葉となって零れ落ちる。 「アラン――」  私が呼ぶと、彼は僅かに振り返った。  口元には僅かに笑みが浮かんでいたけれど、右手を押さえてうずくまっているリズリー殿下に視線を向けると表情を改め、白い光を放つ剣先を殿下に向ける。 「それ以上近付いては駄目だ、エヴァ。この男は、隙を見て君に斬りかかろうとしたんだから」 「え?」  私は思わず足を止めた。  視線の先には、折れた剣が地面に転がっていた。私に向けられた剣を、アランが弾き飛ばしてくれたんだわ。  遅れてやってきたフォレスティの騎士と兵士達がリズリー殿下を取り囲み、彼らの後ろに精霊魔術師達が待機する。  敵に囲まれているのにも関わらず、リズリー殿下は激しい憎しみを私たちに向けながら吐き捨てた。 「あの女は僕に、降伏するように言ってきた。バルバーリ王家を侮辱した罰だ」 「侮辱? 何を寝ぼけたことを……エヴァは事実を言ったまでだ。霊具を失い、ソルマンもいなくなったバルバーリ王国に、勝機があると思うのか?」 「……黙れ、だまれだまれだまれぇぇっ‼︎ バルバーリ王国が降伏などするものかっ‼︎ お前たち一人残らず滅ぼすまではっ‼︎」  敵兵に囲まれ、アランに切先を向けられているのにも関わらず、リズリー殿下は身を乗り出し絶叫した。  完全に怒りで我を忘れていて、自国が負けたという現状を理解できていないみたい。  そのとき、リズリー殿下の上に大きな影が落ちた。我に返った殿下が振り返り、そこにいた人物を見て声をあげた。 「ま、マルティ?」
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