第151話 謝罪

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第151話 謝罪

 イグニス陛下が戦争を引き継がれてしばらく経った頃、バルバーリ王家は降伏した。  というのも、精霊に嫌われたバルバーリ王国は予想通り、もの凄い速さで土地の荒廃が進み、戦争を続けるどころではなくなったから。  フォレスティ王国が出した降伏勧告を受け入れざるを得なくなったバルバーリ王家は、国を明け渡すことに合意し、終戦となった。    バルバーリ王国のヴェルトロ王は、この戦争を止められなかった責任を負ってフォレスティに身柄を幽閉され、その他の王族たちは国外追放となった。  もちろんその中にリズリー殿下もいた。 「フォレスティ国王イグニス・フィオーレ・テ・フォレスティの名の下に、この戦争の元凶であるリズリー・ティエリ・ド・バルバーリに、国外追放を命ずる」  フォレスティ王国に占領されたバルバーリ城の謁見の間に、淡々と刑を読み上げるアランの声が響く。    玉座には、フォレスティ国王代理として旧バルバーリ王国領を任されることとなったアラン。そこに至るまでに敷かれた赤絨毯の左右には大勢の騎士たちと、アランを支える貴族や執務官が並んでおり、私もその中に混じって立っていた。  皆の視線が、両手を後ろで縛られ、跪かされているリズリー殿下に注がれる。 「ぼ、僕は、ソルマン王に操られていただけだっ‼」  鼓膜を刺すような叫び声が反響した。  彼の傍にいた兵士が発言を止めさせようとしたけれど、アランが視線でそれを制すると、自分の意見を聞いてくれると勘違いしたのか、リズリー殿下の身勝手な発言がさらに続いた。 「あの男が僕に取り憑かなければ、戦争など起こらなかったはずだ‼ そうだ、不可抗力だっ! ぼ、僕は悪くないんだっ‼ あれは事故みたいなものだっ‼」 「事故……か」  アランは玉座から立ち上がると、ゆっくりとした足取りでリズリー殿下に近付いた。  心の内を感じさせない冷たい瞳が、殿下を見下す。 「だがお前は止めなかった。父親がソルマンによって、命の危険に晒されていることを知りながら、あの男に協力した」  さすがに痛いところを突かれたみたいで、リズリー殿下の肩が大きく震えたかと思うと、気まずそうに視線を逸らした。  今にも舌打ちをしそうなほど、苦々しい表情を浮かべている。  そんなリズリー殿下を鼻で笑うと、アランは容赦ない言葉を投げかけた。  「さすがのヴェルトロも、今回ばかりはお前を見限ったようだぞ。自分とお前の命を引き換えに、他の王族たちの命乞いをしていたからな」 「うそ、だ……父上が……そん、な……」 「あの時、言ったはずだ。『後悔するぞ』と」  アランの眼光が鋭くなった。  見ているこちらの首元が強く握られているような息苦しさを覚える。  だけどリズリー殿下は、父親に突き放されたことの方がショックだったようで、単語にもならない言葉の切れ端を薄く開いた唇から零しながらうなだれていた。    この様子じゃ、きっと気付かないでしょうね。  ソルマンに操られていたことが充分考慮された結果、追放となったことを。  そこに、被害者となられたイグニス陛下の温情があることを。  アランは当初、陛下の決定に不服だったみたいだけれど最後には、 「……まあ、元凶には復讐できたしね」  と呟き、陛下の決定を受け入れていた。  彼の言う復讐とは、ソルマンが闇の大精霊に喰われて消滅したことを指しているのだと思うけれど、嘲笑で僅かに歪むアランの唇を見たとき、何故か背筋が冷たくなったのを覚えている。    うなだれるリズリー殿下と目線を同じにしたアランが、せせら笑いながら訊ねた。 「ならお前に選ばせてやろうか? 国外追放か、それとも俺の下で死ぬまで奴隷のように仕えるかを」 「えっ?」  アランの言葉に、リズリー殿下が弾かれたように顔を上げた。  だけどアランはそんな彼を一瞥すると立ち上がり、行きと同じようにゆっくりとした足取りで玉座へ戻ろうとし、その途中、何かに気付いたように振り返った。  触れれば切れてしまいそうな冷ややかな視線が、リズリー殿下を貫く。 「だが、エヴァは苦難の道だと分かっていながらも追放を選び、自由と己の誇りを守った。自分が座るはずだった玉座に、小国だと見下していた隣国の人間が座ってもなお、保身に走るお前は、どちらを選ぶ?」  一瞬、リズリー殿下は何を言われたのか分からない表情を浮かべていた。  やがて脳の理解が追いついたのか、みるみるうちに顔が赤くなり、ここからでも分かるぐらい強く奥歯を噛みしめた。  怒りで呼吸が早くなっているのか、肩も先ほどよりも大きく上下している。 「……エヴァ」    血走った緑色の瞳が私を捉える。  だけど私に恐怖はない。  むしろ哀れにすら思える。 「では、返答を聞こうか?」  玉座に座ったアランの声が、リズリー殿下に返答を促した。  頬杖をつきながら足を組むという、自室で寛いでいるのかと思うほど崩した体勢で、怒りに震える殿下を見据える。  リズリー殿下は俯いた。  静まり返った謁見の間に、喉の奥から絞り出したような割れた声が響く。 「……追放を。お前に仕えるなど……死んでもごめんだ」 「そうか。お前の心が、奴隷に甘んじるまで堕ちていなくて安心したよ」  アランがそう笑うと、殿下はガックリと肩を落とした。  リズリー殿下は、戦争の元凶として罪人の焼き印を押され、今後、旧バルバーリ王国領やフォレスティ王国に立ち入れなくなる。    フォレスティ王国は今や、バルバーリ王国を飲み込んで、周辺諸国の中でも最大の領土を誇る。そんな国の怒りを買ってまでして、罪人の焼き印を押された彼を、助ける者はいないだろう。  そのとき、出入り口の向こうから、 「は、離しなさいっ! 離してっ‼」  と叫ぶ声が聞こえてきた。  背中を押されるようにリズリー殿下の横にやってきたのは、ソルマンに協力し、その恩恵を存分に受けていたマルティだった。  精霊狩りへの協力や、宣戦布告の際、フォレスティ王家を貶める発言をしたとして、不敬罪にも問われている。  二人は目が合うと、眉間に深い皺を刻みながら睨み合った。  今や二人の間にあるのは、恨みと憎しみだけ。  私を追放してまで貫こうとした二人の愛は、欠片も残っていない。  二人の間に漂う険悪なムードを楽しそうに見ていたアランが、口を開く。 「一人だと寂しいだろうから、この女を連れて行くと良い。お前と同じく、国外追放を命じられたからな」 「裏切り者と一緒にいろというのか⁉」 「こっちこそお断りです‼ あ、アラン様、私は何をすれば許されますか? 何でもご命令を頂ければ、そ、その通りに致しますから……」 「喧嘩は良くないな? お前たちはすでに、フォレスティ国内では夫婦なのに」 「え?」 「ど、どういうことだっ⁉」  緑とヘーゼルの瞳が、一斉にアランへと向けられた。  だけどアランは、二人の視線など全く意に介した様子なく、奇妙なものを見るかのように片眉をあげる。 「言葉の通りだ。お前達は一緒になるために、罪のない人間を陥れるほど愛し合っているんだろ? ならせめて夫婦という形で、この国から送り出してやろうと思ってな」 「う、嘘だ……」 「じゃあ私は、もう誰とも結婚出来ないと言うの⁉」 「その通りだ。お前達が離れることは許さない。万が一、この命令を無視して離れることがあれば、更なる罰が課せられることとなる。心しておけ」  有無を言わせぬ威圧感に満ちた声色が、謁見の間の空気をビリビリと震わせた。  二人はこれから先、共に生きていかなければならない。  だけどいがみ合っているとはいえ、たった一人で異国の地に放り出されるよりはマシだわ。  私だって、アランたちがいたからこそ、無事フォレスティ王国にたどり着けたわけだし、一人での旅は想像以上に大変だから。  なのに、二人はほぼ同時に咆えた。 「い、嫌ですっ!」 「こんな女と一緒になるなんて、お断りだっ‼」 「自業自得だ。互いを責める資格などお前達にはない」  アランは二人の叫びを一蹴すると、玉座から私に視線を送った。  つられてマルティとリズリー殿下も私の方を見る。 「今、お前達が口にすべき言葉は、互いを責める言葉じゃない。何故、国を失うことになったのかよく考えろ」  彼が何を言わんとしているのか、伝わったのだろう。リズリー殿下とマルティの視線が、床の上を彷徨う。    最初に動いたのはマルティ。 「お、お姉さま……ご、ごめんなさい……ごめんな、さい……」   続いて、 「架空の罪を作って君を追放し……すまな、かった……」  リズリー殿下が、声を震わせながら頭を低くした。  私を虐げ陥れた二人が発した、初めての謝罪だった。  胸がすく思いはない。  許そうとも思わない。  だけど―― 「謝罪は受け入れます。異国の地での生活は大変だと思いますが、二人でどうか力を合わせて乗り越えてください」  これ以上、二人に対する罰は望まない。  これから彼らには、知らない土地での過酷な暮らしが待っているのだから。  己の欲望によって身を滅ぼした二人を、真っ直ぐ見据える。 「殿下――いえ、リズリー、マルティ、さようなら」  二人は何も言わなかった。  兵士たちに連れて行かれる二人の背中を、私は目を逸らさず見つめ続けた。  二人の姿が消えたとき、私はやっと、自分の過去に決着がついた気がした。
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