第30話 フォレスティ国王との謁見

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第30話 フォレスティ国王との謁見

 騎士たちが両端に立ち並ぶ赤い絨毯の上を、私は歩いている。  私たちは今、フォレスティ国王に拝謁を賜るべく、謁見の間へとやってきていた。  私の前にはアランが、そして両横には、身を清め、重厚なローブを身に纏ったルドルフと、ヌークルバ関所で見たフォレスティ王国の兵士と同じ軽装鎧を身につけたマリアがいる。  アランのように、誰かすら分からないということはなかったけれど、二人とも、クロージック家で働いていた時とは全く雰囲気が違っていた。  ルドルフはいかにもこの国の重鎮です、といった風貌だし、マリアからはピリッとした緊張が感じられる。  きっと、これが二人の本来の姿なのね。  彼らが隠していた本当の姿を見ると、二人のことを知ったように思っていた自分が恥ずかしくて、そして隠されていたことに対して少しの寂しさが湧き上がった。だけど、 「エヴァちゃん、緊張してるの? 大丈夫よ。フォレスティ国王は、とても気さくでお優しい方だから」  私の緊張をほぐそうと優しく声をかけてくれたマリアの表情は、旅途中で見た頼れるお姉さんと同じ顔だった。それを見て、確かに素性は隠してはいたけれど、今まで私に見せていた彼女の姿に、演技や偽りなどなかったのだと気づく。  対等の関係でいたいと言ったとき、こんな妹が欲しかったと言ってくれたのは、紛れもなくマリアの本心から出た言葉なのだと。  きっとそれは、ルドルフも同じだろう。  だって、彼に視線を向けた私に向かって、片目を瞑るというお茶目な素振りを見せてくれたのだから。  アランの足が止まった。  彼が跪いたので、私たちもその場に跪く。  アランのお兄様――フォレスティ王国国王である、イグニス・フィオーレ・テ・フォレスティ陛下の御前に。 「皆、顔を上げよ」  威厳のある低い声色が、空間に響き渡る。  隣のマリアたちが顔を上げる気配がしたので、私も恐る恐る顔を上げた。  そこには壇上から私たちを見つめている、イグニス陛下がいらっしゃった。  バルバーリ国王と比べると、とても若い。確か、御年三十二歳だと聞いている。まあ、アランのお兄様だから、バルバーリ国王よりも若いのは当たり前だけれども。  黒髪を襟首まで伸ばした髪型で、頭には、国王の証である金色の王冠が輝いている。フォレスティ王国の兵士がしているサークレットのように、金色の蔓と葉が巻き付いた草冠のような王冠だ。  アランと同じく、目を惹きつけられる端麗な顔立ちをしているけれど、瞳は細く鋭い。そのためか、アランと違って、どこか冷然とした近寄りがたい印象を受ける。  ご兄弟だと聞いているけれど、アランとはあまり似ていない気がした。 「陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。アラン・レヴィトネル・テ・フォレスティ、ルドルフ・セイ・アンドレス、マリア・キエ・ルイーゼ、以上三名。本日帰還いたしました」 「長き間、ご苦労だった。アランだけでなく、マリアとルドルフもだ」 「もったいないお言葉です、陛下」 「恐縮です」  陛下の労いの言葉に、マリアとルドルフが深く頭を下げた。  ど、どうしよう……私、滅茶苦茶浮いてるわ!  完全に部外者なのだけど、ここにいていいのかしら……?  内心、酷く動揺している私に、陛下の視線が向けられた。慌てふためく私を安心させるように、柔らかな微笑みを浮かべている。似ていないと思ったアランの微笑みと被り、鼓動が跳ね上がった。 「君がアランの主人、エヴァ・フォン・クロージック公爵令嬢だね?」  名を呼ばれ、私はビクリと肩を振るわせると、深く頭を下げて謝罪した。 「も、申し訳ございません。知らなかったとはいえ、王弟殿下を使用人して働かせてしまうなど……」  不敬罪、という言葉が頭に浮かぶ。  アランには、自分の意思で使用人をしていたから気にするなと言われたけれど、家族の立場で考えると、やはり許せるわけがないわよね……  厳しい言葉をぶつけられるのでは、と身を縮こめた私にかけられたのは、予想もしない言葉だった。 「すまない、あなたを怖がらせてしまったようだ。事前の手紙で、あなたの事情を聞いてはいたのに、配慮が足りなくて申し訳ない、エヴァ。私は、アランの件を問い詰めるつもりは無い。寧ろ、あなたには、お礼を言いたいぐらいなのだ」 「お、お礼……でしょうか?」  発言の意図が分からず、顔を上げた私は、声を上ずらせながら陛下の言葉の一部を反芻した。イグニス陛下が、大きく頷く。 「ああ、そうだ。使用人だからと、まるで奴隷や物のように扱う主人が多くいる中、あなたは弟を大切にしてくれたのだから。もちろん、マリアとルドルフに対してもだ。大変感謝している」 「め、滅相もございませんっ‼」  自分がしたことに対して過大すぎる評価をされ、私は大きく首を横に振った。しかし陛下は私を一瞥しただけで、黄金に輝く玉座から立ちあがり、一歩前に踏み出すと、朗々とした口調でこの場にいる者全てに伝えた。 「今日より、エヴァ・フォン・クロージックを、我が国の貴賓として迎えることとする。これは、我が弟と民を大切にしてくれたクロージック令嬢への感謝の意を示すものだ」  え?  わ、私が、フォレスティ王国の貴賓扱い⁉ 「お、お待ちくださいっ‼ 私は、貴賓として迎え入れて頂けるような、大それたことは何一つしてな――」  そう訴えようとしたけれど、周囲の歓声によって掻き消されてしまった。  勝手に話が進んでいく――っ!  どうしたらいいのか分からず、混乱している私の前に、二つの影が下りた。  一つは、玉座のある壇上から下りてこられたイグニス陛下、もう一つはアランだ。 「さあ、エヴァ、立って」  言われるがまま、アランから差し出された手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。その肩に、ポンッと陛下の手が置かれる。 「畏まった挨拶はここまでにして、もっと寛げる場所に移動しよう。十年間、弟があなたの家でどのように過ごしていたのか、詳しく教えて欲しい。もちろん、あなた自身のことも」 「は、はい……」  戸惑いながらも、私は頷くしかなかった。  それにしても、 (さっきから、陛下を見るアランの視線が、何だか鋭いような……)  彼の視線が、イグニス陛下と私の方を行ったり来たりしている気がする。表情も、先ほどとは違い、不機嫌そうだ。ついさっきまでは、こんな表情してなかったのに。  不穏な空気に気付いたのか、陛下はチラッとアランを一瞥すると、 「おお、こわっ……」 とボソッと呟き、私の肩から手を退けると、軽く肩を竦めながら別室へと続く扉へ足を向けられた。ふうっ、とアランの大きなため息が聞こえてくる。 「じゃあ、俺たちも行こうか」  そう言って手を引いてくれるアランの表情は、さっきと打って変わって明るくなっていた。  マリアとルドルフが、何故か呆れたように私たちを見ているのは、気のせいかしら?  あ、マリアがため息をついているわ。
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