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第31話 深まる謎
謁見の間から移動した私たちは、別室に通された。
大部屋ではないけれど、大人五人が入っても十分ゆとりのある広さだ。中央には、ピカピカに磨かれた大理石の丸テーブルと、座り心地の良さそうな分厚い座面の椅子が置いてある。
天井には、精霊魔法によって灯された光をシャンデリアが反射しながら、輝きを投げかけていた。部屋の隅には、歴史的価値を感じさせるような調度品や、生けられた色とりどりの花が置かれている。
お付きの方が、座るように椅子をひいてくれたため、私は軽く会釈しながら腰を掛けた。
こんなふうに誰かにお世話して貰うなんて、一体何年振りなのかしら? 今までは、私が椅子を引く立場だったものね。
侍女たちが手際よく、テーブルの上にお茶やお菓子、軽食が並べていく。全ての準備が整うと、侍女たちは一斉に頭を下げ、部屋を出て行った。
ここにいるのは、陛下とアラン、ルドルフとマリアと私の五人だけ。侍女どころか護衛すらいない、完全なるプライベートスペースが出来上がった。
上座に座る陛下が、パンッと手を打つ。
「さて、他の者たちの目は排除した。皆、人目を気にせず、ゆったりと寛いで欲しい」
人ばらいをしたのは、陛下のお心遣いからくるものだったらしい。とはいえ、いくら名ばかりの公爵令嬢で、大した礼儀作法を教育されていない私でも、一国の王様の前で寛げるほど、無知じゃない。
しかし、
「はぁぁ……だから、俺の帰還は内密にして欲しかったんだよ……イグニス兄さん。おかげで、公の場で帰還の報告をしなければならなくなったじゃないか」
真っ先に、お家モードに切り替えたのはアラン。首元のシャツのボタンを緩めながら、やれやれとぼやいた。さっきの謁見の時とは違い、家族に対する気楽な口調へと変わっている。
さきほどは公の場だったので、兄弟という関係であっても、礼節をもった対応をしたのだろう。
私の予想を肯定するように、イグニス陛下は手を後頭部に当てると、ハハッと軽い笑い声をあげた。声色も、謁見の間とは違う親しみのこもった柔らかさがある。
「仕方ないだろ? 十年前、王位継承権を捨て、飛び出した放蕩弟がようやく帰ってきたんだからな。父上も母上も、喜んでいたぞ? 後で会いに行ってやれ。もちろん、ノーチェにも手紙で報告済みだ。今の研究が落ち着いたら、お前の顔を見に戻ってくるって言ってたな」
「顔を見に戻ってくるって……今、ノーチェ兄さんがいるところは、フォレスティからかなり離れた国だろ? わざわざ……」
「それだけお前が帰ってきたことが、嬉しいんだ。ノーチェが帰ってくることを、素直に喜んでやれ、アラン」
イグニス陛下の言葉に、アランは唇を尖らせたけれど、きっと拗ねているんじゃなくて、照れ隠しだわ。これだけ帰還を歓迎されているなんて、アランはとっても家族に愛されているのね。
今まで育ての両親に虐げられてきた私にとって、憎まれ口を叩きながらも嬉しそうにしているアランが、少しだけ羨ましかった。
彼の子どもっぽい部分を見ることも出来て、ちょっとほくほく。
それにしても、ノーチェ兄さんって?
私の疑問が顔に出ていたのか、アランが説明してくれた。
「ああ、ごめん。ノーチェ兄さん――ノーチェ・リチェルカ・テ・フォレスティは、俺たち三兄弟の真ん中の兄なんだ。世界中の精霊魔法を研究したいって言って、色んな国を飛び回っているんだけど」
「世界中の精霊魔法の研究を?」
「ああ。ほんと変わり者だよ。あれでも王位継承権一位だから、爵位でも貰って、領地で大人しくしてればいいと思うんだけどな」
「ノーチェも、爵位を拒否、さらに半ば強引に王位継承権を捨ててバルバーリに渡ったお前に、言われたくないと思うぞ? 当時、国王であった父上が、どれだけ頭を悩ませたことか……」
呆れたように額に手を当てたイグニス陛下の突っ込みに、アランがウグッと言葉を詰まらせた。痛いところを突かれたらしく、また唇を尖らせると、陛下からぷいっと視線を外してしまった。
それにしても、話を聞けば聞くほど疑問が湧いてくる。
馬車の中で、王位継承権を捨てているって聞いていたけど、それはアランの一方的な意思によるものだったみたい。そして、半ば強引にバルバーリ王国にやってきて、クロージック家の使用人として十年もの長い間、あの家に仕えていた。
アランは、『とある事情があって』と言っていた。けれど、当時の国王であったアランのお父様が快諾し、送り出したものではないことが、イグニス陛下の言葉の端々しから伝わってくる。
落ち着いたら話すといってはくれているけれど、王位継承権を捨てて、さらに国王の意思に反してまで 一体何のためにクロージック家へ来たのかしら。
謎は益々深まるばかりだわ。
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