第37話 精霊女王エルフィーランジュ

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第37話 精霊女王エルフィーランジュ

「せいれい……女王? エルフィー……えっと……」 「精霊女王エルフィーランジュ。精霊が極端に少なくなった地域に現れるとされる、精霊たちの母にあたる存在だよ」 「精霊たちの……母?」  視線を像からアランに向けた。  彼は無表情のまま、ジッと銀色の女性像を見上げたまま、少し硬い声色で答えた。 「精霊を生み出すんだ」  思わず、私は視線を再び銀色の女性像へと向けた。  アランが言うには、精霊女王は、精霊が極端に少なくなった地域に現れ、自身が生み出した精霊で満たすことで、自然と精霊のバランスを保つことなのだという。  崩れた自然と精霊のバランスは、放置しておけばいつか必ず大きな綻びとなるからだ。  それが目の前の女性像――精霊女王と呼ばれる存在の役目。 「そんな存在が、本当にいるの?」  彼を疑うつもりはないけれど、あまりにも突拍子もない話に、思わず尋ねてしまった。しかしアランは、特に気分を害した様子なく大きく頷く。 「ああ、存在しているよ。というのも三百年前、ソルマンによって精霊が奪われ、荒廃したこのフォレスティの地を蘇らせたのが、エルフィーランジュとされているからね」 「え? ソルマンって、まさか……」 「エヴァの想像通りだよ。三百年前にもこの国は、当時バルバーリ王国の国王であったソルマンの怒りを買い、精霊を狩り尽くされたんだ」  バルバーリ王国の国王であり、大精霊魔法師であり、ギアスと霊具による精霊魔法を生み出したとされるソルマン王。  彼によって、世界の根幹として敬われるべき存在であった精霊が、ただの道具に成り下がってしまった。多くの民が、ギアスを受け入れる中、異を唱える者たちがいた。  その中心にいたのが、ルヴァンという名の男性。  彼は、ギアスを受け入れられないバルバーリの民を引き連れ、フォレスティ王国を建国。  初代国王ルヴァン・チェストネル・テ・フォレスティとなった。  反乱分子が国を造ったことが許せなかったソルマンは、ギアスと霊具を使ってフォレスティ王国の精霊を狩り、自然豊かなこの土地を、瞬く間に荒廃させてしまったのだという。 「皆が絶望し、バルバーリ王国に降伏するしかないと思う中、現れたのが、精霊女王エルフィーランジュだ」  エルフィーランジュが生み出す精霊、そして土地を蘇らせたいという精霊女王の祈りと願いに応える精霊たちによって、フォレスティ王国の土地は蘇り、豊かな実りを取り戻したのだという。  その後、バルバーリ王国がフォレスティ王国の存在を認めたことで、バルバーリ王国による精霊狩りはなくなった。  フォレスティ国王ルヴァンは、精霊を大切にすることが国の発展に繋がると説き、彼が弟に国を譲るまで、精霊が好む国作りに尽力したのだという。  彼の考えは、代々のフォレスティ王に引き継がれ、今に至るのだとか。 「こうやってバルバーリ王国は昔から、フォレスティ王国の精霊を奪ってきた。今は隣国同士、友好を保ってるけど、二国間の因縁は決して消えるものじゃない」 「バルバーリ王国……酷い……私の祖国が、本当にごめんなさい……」 「エヴァが謝ることじゃないよ。顔を上げて?」  アランがそう言ってくれるけど、胸が苦しくて堪らない。  それが国同士の戦いなのだと言われると、それまでなのかもしれない。お前は甘い、と言われたら、それでおしまいかもしれない。  だけど、この美しい国の過去に、祖国による妨害による苦難があったなんて……  もし精霊女王がこの土地に現れなければ、フォレスティ王国は存在していなかったのだ。  この王国が、精霊宮という建物を造ってまでして、彼女を崇める理由が分かった気がした。 「それで、精霊女王様はどうなったの?」 「……数年後に亡くなった。そう伝わっている」 「亡くなった? どうして……」  詳しい話をしてくれると思いきや、アランがどこか辛そうに唇を噛みしめたままだった。話を深掘りして聞ける雰囲気ではなく、私も口を閉ざす。  自然を蘇らせるという役目を終えたからかしら?  何せ相手は、精霊を生み出す、人知を超えた存在なのだから。  私は、その場に跪いた。突然の私の行動に、アランが息を飲む音が聞こえる。  だけど、私は止まらなかった。  跪き、両手を組み、この国の救世主である精霊女王の前で祈りを捧げる。 (精霊女王エルフィーランジュ様、そして彼女から生み出された精霊たち。フォレスティ王国が、今後益々発展するように、精霊と人間が共存する、素晴らしい国になるように、どうぞこれからも力をお貸し下さい)  私には何の力もない。  だけどせめて――  私を助けてくれた大切な人たちが、私が愛する人が住むこの国の輝かしい未来を祈らせて欲しい。  過去、祖国が行った暴虐などなかったことに出来るほどの繁栄を、この国に。  祈っている私の耳に、アランの優しい声が届く。 「……エヴァ、ありがとう。この国の未来を……祈ってくれて」 「え? な、何で分かったの⁉」  声出してなかったのに!  私の驚き声を聞き、アランがプッと噴き出した。 「以前、マリアが言ってただろ? 俺には読唇術があるんだって。エヴァの唇の動きで、何となく何を祈っているのか、分かったよ」 「も、もうっ‼ 勝手に人のお祈りを読むの、禁止っ‼」 「わ、悪かったって! 次からは、事前に読むことを伝えるから!」 「そういうことじゃありませんっ‼」  でも、必死で平謝りするアランが可愛……いや、可哀想だから許してあげる!  ふうっ……ついでに、アランとの恋愛成就のお祈りもしようとおもったけど、しなくてよかった。    私の怒りが解けたと気付いたアランは息を吐き出すと、精霊女王像の向こう側に視線を向けた。  つられて私も目をやると、そこにはたくさんの男性の肖像画が飾られていた。丁度、像の真後ろに飾られている、他の肖像画よりも大きいそれを見ながら、嬉しそうにアランが呟く。 「きっと……エヴァに祈って貰って、歴代国王たちも喜んでるよ」 「あそこに飾られているのが、歴代国王様の肖像画なのね? もしかして、あの一つだけ大きなあの肖像画の方が、初代国王のルヴァン様なの?」 「そうだよ」  そこには、黒髪で青い瞳の青年が描かれていた。歴代の王の肖像画が並ぶ中、初代国王ルヴァンはひときわ大きく、そして誰よりも若い。名前と共に刻まれている存命期間が短いことから察するに、若くして亡くなったのだろう。  咄嗟に思い浮かんだ言葉が、口を衝く。 「何だか、アランに似てるわね」 「……え、そう? そんなこと言ったの、エヴァが初めてだよ。どちらかというと、イグニス兄さんのほうが、ルヴァン王と似てるって言われるけど」  あまりにもアランが意外そうに言うので、もう一度ルヴァン王の肖像画と彼を見比べた。  ……あれ? 「ご、ごめんなさい。ちゃんと見たら似てなかったわ」  アランの瞳は少し大きめだけれど、ルヴァン王は切れ長。雰囲気も、どちらかというと、イグニス陛下に当初抱いたような、鋭さを感じる。  歳は近そうだけど、ちゃんと見るとアランの言うとおり、全く似ていない。  何故似てると思ったのかと、不思議なほどに。
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