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何とか全ての料理を胃に突っ込んだユリシアは現在、大公閣下の執務室兼自室にいる。無論、この部屋の主である彼も一緒に。
グレーゲルは執務机に着席して、ユリシアはその向かいの椅子に着席している。いわゆる、面談スタイルだ。
ちなみに椅子の位置は前回よりも執務机に近い。というか座れば膝が机にくっつきそうなほど密着している。
だからユリシアは現在、グレーゲルに気付かれぬよう椅子を扉側に移動させることに全力を注いでいる。
「─── その辺でやめろ」
「ひぃっ」
素知らぬフリをしながら椅子を移動させること数分。
たった指3本分の距離を取っただけでグレーゲルに気付かれてしまい、ユリシアは小さく悲鳴を上げた。彼がとんでもなく不機嫌な顔をしていたから。
そのためユリシアは、ガタンと音を立てて立ち上がり腰を直角に折った。
こんなこすい手を使うより、無様と笑われても命乞いをした方が懸命だと気付いたから。
「昨日は大変、申し訳ありませんでした!!」
「……ちょ、ま」
「わたくし、ユリシア・ガランは庭を散歩していたら気付いたら街にいたんです。本当です!」
「お、おいっ」
「結果として逃亡した形となりましたが、そんなつもりじゃなかったんです!」
「と、とりあえず───」
「本当なんです!!モネリとアネリーさんは良くしてくれるし、別邸の生活は最高ですし、トオン領の皆さんは良い人でっ」
───……トン。
グレーゲルの言葉をビシバシ遮って謝罪の言葉を叫び続けるユリシアだが、彼が机を指で叩いた途端、びくっと身体を震わせた。
彼は大公爵で領主で、国王陛下の甥だ。
たったそれだけの仕草で人を従わせる力がある。
あと、ユリシアが切々と語る中に自分のことが何一つ入っていないことが無性に腹が立っていたりもして、威力は普段の5割り増しだったりもする。
「座れ」
「……はい」
座らなかったら殺される何かを感じて、ユリシアは光の速さで着席した。
「先に言っておく」
「はい」
「昨日の件で責めるつもりはない」
「え?どうして」
「責められたいのか」
「いいえっ」
「なら、この件は二度と口にするな。良いな?」
「ぅあはぁいっ」
返事というよりは奇声に近いそれだったが、グレーゲルは納得したように一つ頷いた。
そして、間髪入れずに本題を切り出した。
「早速だが、昨日話した結婚における決めごとに関して今から契約書を作ろうと思う」
「え?……はや」
「何か文句でも?……外の風に当たりながら十分考え事る時間があっただろう?」
ニヤッと意地悪く笑うグレーゲルに、ユリシアはむぎゅっと渋面になる。
「……」
(自分は昨日のことを蒸し返すんだ!!ズルいっ)
そう言えたら、どれだけ良いだろう。
しかしそんなフランクな態度を取るなんて許されないと思い込んでいるユリシアは、ぐっと感情を飲み込んで思考を切り替えた。
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