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……といっても、再開しようと言われたとて、変なタイミングで中断されてしまったユリシアは上手く切り出すことができない。
そんなユリシアを見て察したグレーゲルは、わざとらしい咳ばらいをしてから口を開く。
「──……別邸の件だが、君に鍵を渡してあるはずだ」
「はい。大事に保管してます」
「ならば、結構。つまりそういうことだ」
「……ん?」
ついさっきの大公持論といい、どうもこのお方は謎かけのような会話をお好みのようだ。
でもあいにくユリシアは腹の探り合いをするような会話は得意じゃない。重要なものほどきちんと言葉にしてほしい主義だったりする。
「恐れながら、それってつまりどういうことでしょうか?」
「鍵を持っている者に所有権があるということだ」
「……なるほど」
嫌々感丸出しではあるが補足してくれたグレーゲルのおかげで、ユリシアはやっと納得することができた。
グレーゲルはこう言いたかったのだ。
近い将来、正妻になる婚約者となれば体面上は本邸で過ごさなければならない。だが、昼間は好きなだけ別邸で過ごして良い。
と、いうことなのだろう。
「大公閣下の寛大なお心に感謝します。では、これからも大切に使わせていただきます」
ユリシアはここで安堵から、やっと笑みを浮かべることができた。
ただにこっと笑った途端、グレーゲルは再び口元を片手で覆って横を向く。
見苦しかったのだろうか。きっとそうだ。だって彼の本命の彼女は絶世の美女だ。くすんだ色の髪と瞳を持っている自分の笑みは、さぞや見苦しいものに違いない。
でもグレーゲルがはっきりと「不快だ」と口に出して言ってないから謝らない。自分から卑下するような真似はしたくない。それが過酷な環境でも性根が腐ることがなかったユリシアのモットーである。
ただ今後は、なるべく表情筋を殺しておこうと固く誓う。
「さて、他にあるか?無いなら──」
「あります、あります」
「二回も言わなくて良い」
まとめに入ろうとしていたグレーゲルを遮って、ユリシアは挙手をする。遮られた大公閣下は不機嫌そうではある。
だがこちらの要求を吞んでくれた彼の為に、今度は向こうが有利になる条件を出さなくてはならない。
それが交渉というものだ。片側だけが得をするのは、話し合いとは呼ばない。
「大公閣下、単刀直入に言いますが、私が正妻でいる期限はいつまででしょう?」
「は?」
「ですから、きちんと期限を決めたほうが良いと思うんです。そのほうが……」
「そのほうが?」
─── 貴方の本命の彼女が安心すると思うから。
そう言おうと思ったけれど、本能的に言ってはいけない気がしてユリシアは口をつぐんだ。
しかしグレーゲルは「最後まで言え」と圧をかけてくる。
「お互いの……いえ、両国のためになるかなっと思いまして……」
最後に「はははっ」と誤魔化し笑いをしたユリシアに、グレーゲルは眉間を揉んだ。
「あまりに馬鹿すぎる質問に眩暈がした」
「そうでしょうか?」
心底あきれた口調で言うグレーゲルに、ユリシアは馬鹿と言われたことよりも彼の言動が不思議すぎて首を傾げてしまった。
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