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もう誰か止めてあげなよと思う状況だが、残念ながらこの部屋には、ユリシアとグレーゲルの二人しかいなかった。
その後、ものっすごい勘違いが功を奏して、ユリシア主張の契約更新案はグレーゲル受け入れられた。
ただ三ヶ月更新を主張するユリシアに対し、グレーゲルは一年更新を主張した。それから押し問答の末、半年更新ということで決着がついた。
「──……よし、これで本当に終わりに」
「いえ、まだでございます」
今度こそまとめに入ろうとしたグレーゲルを、ユリシアは今度もまた挙手で遮った。
「他に何があるんだ」
ほとほとうんざりしたグレーゲルであるが、ユリシアとしてはこれからが最重要案件なのだ。
「離婚後の私の処遇についてきっちり取り決めをしたく存じます」
「しない」
たった3文字で終止符を打とうとする俺様大公に、ユリシアは待て待て待てと本気で焦る。
「いえ、そのようなことを仰ってはなりません!」
「俺は、そっくりそのままお前が今言った言葉を返したい」
「いりませんよっ」
「それは俺の台詞だ。そもそも、なぜ結婚もしていないのに、離婚の話なんかしないといけないんだ? まさかこれがリンヒニア国の流儀なのか?」
「そうです」
即答してみたけれど、実際のところ違う。
だが全く無いわけでもない。貴族同士の結婚は家と家の結びつきが重要視される。
だから極稀に、結婚前にありとあらゆる事態を想定して当人同士がこっそり契約書を作成するケースはある。つまり、嘘ではない。限りなく嘘に近い真実だ──などと、ユリシアは心の中で言い訳する。
しかし身体は正直だ。大公様を騙すような真似をしたせいで、キリキリする。
胃を庇うためにそっとお腹をさするユリシアに、グレーゲルは「飯は足りなかったか?」と馬鹿げたことをぬかす。
ユリシアが呆れ顔をしないよう気をつけながら首を横に振れば、なぜか大公も真似してくれた。
「……ほとほと理解ができん。お前の国はどうかしているな」
「ところ変われば常識も違いますので……」
心底うんざりした顔をするグレーゲルに、ユリシアは当たり障りのない返答をしてみる。胃の痛みが増した。
正直、もう自室に引っ込みたい。だが交渉の場は一度きりしか設けて貰えないはずだから、ここで逃げるわけにはいかない。
「まぁ、あの……閣下、これは万が一っていうことで聞いてもらえれば」
「万が一?ふざけるな。億が一だろう。いや、兆が一だな」
離婚する確率を下げていくグレーゲルに逆でしょ?と言いたいところ。
だけれど、ユリシアはそこに論議する体力も気力も無いので、さらりと無視して言いたいことだけを言わせてもらう。
「閣下のお言葉通り兆が一の確率で離婚した場合、私はリンヒニア国には戻りたくありません。ですので、ここトオン領にて小さなお屋敷をいただきとうございます。あと、できれば私の就職先の斡旋もしてもらえると助かります。あ、でも」
「トオン領が気に入ったのか?」
切々と訴えるユリシアの言葉を、グレーゲルは強い口調で遮った。
食い付くところが違うと思ったが、ひとまずユリシアは頷いた。……あまりにグレーゲルが真剣な表情だったもので。
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