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魔法のおかげなのか特殊な品種なのかわからないが、庭の芝生は青々としている。生け垣も常緑樹だから雪さえ舞っていなければ今が冬とは思えない。
といっても季節は秋の終わりだ。そしてトオン領では既に冬が到来している。だから視界に緑が広がっていてもやっぱり寒いものは寒い。
「うう......さむっ」
上着を羽織らず外に出てしまったユリシアは庭に出た途端、すぐさまぶるりと身を震わせた。
でも、このきんとした寒さは目覚めにピッタリで心地よい。ちょっと癖になりそうだ。
向こうに見える壮大な雪山も圧巻で、この景色を独り占めできる自分はかなり幸せ者だと、ユリシアは弾むように庭を歩く。
しかし、ここで切羽詰まった声が響いた。
「待てっ。シャリスタン!」
「誰が待つものですかっ」
聞きようによっては、引ったくりを追いかける自警団とのやりとりにも取れるが、そうじゃない。
待ったをかけたのは、黒髪にボルドー色の瞳が印象的な雪をも溶かすほどの美男子で、待ったをかけられたのはブラウンピンクの髪と碧眼が輝く世界中の花をも曇らせる美女だった。
(あらまあ、朝から元気なこと)
生まれてこのかた色恋に縁がなかったユリシアとて、これが恋人同士の喧嘩であることは瞬時にわかった。
なら次の行動は決まっている。ユリシアは、二人の邪魔にならぬよう近くにある木の影に身を隠した。
ユリシアの素早い判断が功を成したようで、美女と美男子は二人の世界に入ったまま。
「ちょっと離して!こっちに来ないでっ」
「いい加減にしろ。いいからこっちに来い!本気で怒るぞっ」
「好きにすれば良いじゃないっ。とにかく離してっ。汚らわしい」
美男子に肩を掴まれたシャリスタンと呼ばれた美女は、いやいやと身体全部を使って彼の手を振りほどく。しかし振りほどかれた美男子は懲りずにまたシャリスタンに手を伸ばす。
美男美女が繰り広げる痴話喧嘩は更に激しさを増し、とうとう美男子はシャリスタンを抱き締めた。
(おおっと、朝からお熱いことで)
きっとこれから二人は仲直りの抱擁をして、真夏のような一時を過ごすのだろう。
そんな濡れ場を覗き見する趣味は無いユリシアは、そそそそっと足音を立てぬよう別邸に戻る。
部屋に入ってガラス扉を閉めたあと、チラッとそこを見れば美男美女は変わらず抱き合っていた。
「バレなかった。良かった良かった」
お互い気づかれたら傷を残す結果となっていただろう。
とはいっても、そもそも自分のテリトリーに入ってきたのは美男美女の方。なぜ自分がそこまで気を使わなければと思ってしまうが、恋に溺れる二人にそんなことを言っても無駄である。
───というのは置いておいて。
「......超絶カッコ良かった」
黒髪の美男子はシャツに帯剣。肩に上着を引っかけた姿だった。たぶん熊ゴリラ邸の騎士なのだろう。
対して碧眼美女シャリスタンは、胸元が大きく開いたハイウエストのドレス姿だった。
リンヒニア国の衣装はハイウエストが主流だ。そして遠目で見ても高価なもの。おそらく彼女は、どこかのご令嬢だろう。
それらを合わせて推測すると、身分差のある二人はちょっと痴話喧嘩して、こんな離れまでやって来たということだ。
いや、もしかしたら美しい容姿の二人を羨む熊ゴリラ大公に隠れて交際しているのかもしれない。
熊ゴリラが他人の容姿に嫉妬するほどの知性があるのかは不明であるが、そう考えれば大変しっくりくる。
「難儀だなぁ......でも二人とも、がんば」
シャッとカーテンを閉めながら、ユリシアは美男美女にエールを送る。どうか熊ゴリラに負けないで、と。
そんなふうに人知れずお節介を焼くユリシアであるが、この後、美男子とまさかの再会をすることになるとは夢にも思わなかった。
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