初めまして、血濡れの大公様 ※安全な距離を保ちつつ

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 ───それから数日経った雪が舞い散る、とある日の午後。  ユリシアは別宅の居間で、ソファに腰掛けながら読書に勤しんでいる。左右に侍女二人を従えて。  「ユリシア様、本日はお庭でお茶をなさいませんか?魔法石を敷き詰めておりますので、コートは必要ございません」 「あ、ユリシア様、それが気乗りしないのでしたら、本邸には大きな図書室がございます。きっとお気に召す本が沢山あると思いますので、よろしければそちらに行かれませんか?」  にこにこと笑う侍女二人───モネリとアネリーの眼は言葉とは裏腹に鬼気迫っている。  しかしユリシアは、にこっと微笑み首を横に振る。 「ううん、いいの。私、ここで過ごすのが好きなの。いつか、もしかして、万が一、行きたいと思った時は、私から声を掛けるからその時は付き合ってくださいね」  ”いつか”も”もしかして”も”万が一”も間違いなく一生無いけれど、はっきり言ってしまえば角が立つ。  だからユリシアは「素敵な提案をしてくれてありがとう」と付け加えて、笑みを深くする。  そうすれば、侍女二人はあからさまに落胆した表情を浮かべた。 (ごめん、本当にごめんね。謝るから!だからお願い……そんな顔しないでっ。私はただ寿命を伸ばしたいだけなの!!)  さすがにそんなあからさまな事は言えないユリシアは、侍女の物言いたげな視線から逃れるように本に目を落とす。  読んでいるのはアネリー曰く、現在トオン領で大ブームの恋愛小説。  婚約者とは気付かず一目ぼれをしてしまう女性が、一人ワタワタしたり落ち込んだり発狂したりするお話。  読んでいるこっちは、恋した相手が誰だかわかっているので、もうページをめくる度にイライラする。でも最後が気になる為、読まないという気にはなれない。要は面白い。 (まったく、男は主人公がベタ惚れしてるのわかってるんだから「僕が婚約者なんだよ」って言ってあげればいいのに。もったいぶってばかり。この男、絶対に性格悪い)  突然だがユリシアは、若い男が好きじゃない。  それはガラン家の本邸に引き取られてから、義理の兄であるアルダードにこれでもかという程、嫌がらせを受けてきたから。  でもやっぱり小説自体は面白いので、ヒーローに悪態を吐きながらもページをめくる手は止めない。  一心に本を読みふけるユリシアを見て、侍女二人は説得するのを諦めてくれた。落胆した表情をなんとか打ち消して、いそいそとお茶を淹れ直してくれる。嬉しいけれど、こんなに優しくされると良心が痛む。 (まぁ……あと半月この状態をキープして、それからちょっとずつ行動範囲を広げてみよう)  別段引きこもり生活をすることに苦痛は感じていないが、こう毎日侍女達のがっかりした姿を見たくは無い。自分が動いて二人が笑顔になってくれるなら、お安いものだ。  ユリシアは、ページをめくりながら今後の算段を練る。  簡単そうに見えて、なかなか難しいミッションではある。だがやれる範囲で頑張ろうと心に誓う。と、その時。  ───……コン、コン。 「ユリシア様、少しよろしいでしょうか?」  扉越しに声を掛けられユリシアがどうぞと答えると、侍女の一人モネリが扉を開けた。  居間に入ってきたのは執事のブランだった。  随分と急いで来たのだろう。いつも後ろに撫で付けいる前髪の一部が額に流れている。よく見れば寒い季節なのに、じんわりと汗もかいている。 「お茶飲みますか?」 「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで」  ティーカップを軽く揺らしながら問うたユリシアに、ブランは慇懃に頭を下げる。  しかしすぐに顔を上げて、口を開いた。 「大公閣下が北山での魔物討伐を終え、今しがた屋敷にお戻りなりました。そして、ユリシア様に至急会いたいとのことです」  ─── カチャン。  ブランが言い終えた途端、部屋に不快な音が響く。ユリシアが手に持っていたティーカップを滑り落したのだ。 「……ブ……ブランさん、今……何て?」 「閣下がユリシア様に至急お会いしたいそうです」 「や」 (やだ!!)  うっかり本音を口にしようとしたユリシアだったが、寸前のところで唇を引き結ぶ。  しかし拒みたい気持ちは隠しようが無く、無意識に首が左右に動いてしまっていた。
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