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「私は初めてじゃない」
この赤いバイクを見るのは二度目だ。
「そうなの?」
奏音はいつものように早希の手を放し、赤いバイクに駆け寄る。
ちょうどその時、家の門の向こうから言い争うような声が聞こえてきた。
「だから、別に喧嘩を売りに来たわけじゃないって言ってるでしょうが」
「こちらも喧嘩を買う暇はないんで、今日のところはお引き取りください!」
「はい、はい。分かったから怒鳴らないで」
一人は早希の母の蓉子の声で、もう一人は年配の女性の声だ。
やはり彼女のバイクらしい。少し低くてよく響く声も聞き覚えがある。
言い争う声は徐々に近づき、門の向こうから言い争う二人が出てきた。
「知り合い?」
蓉子と言い争っている女性を見て奏音が聞いた。
「知ってると言えば、知ってる」
早希はあいまいにうなずく。
あご先で切りそろえたグレイヘアも真っ赤な口紅も胸元にかけたサングラスも変わらない。一つ違うのが、喪服ではなく黒のライダースジャケットにデニムのパンツ姿なことだ。
「私、帰るね」
「なんか、こんなところ見せてごめん」
家庭内の騒動を恋人に見られるのは気まずくて仕方ない。早希はこそっと奏音に耳打ちする。
「気にすることないって。ちょっと話したいこともあるし、夜に電話するわ」
奏音は「じゃあ」と手を軽く振って帰っていった。恋人を見送り、一人残された早希はさっきまで繋いでいた手のひらを見つめる。
立ち去る前の奏音は笑っていたがなぜか心に引っかかる。話があるなら今からでも追いかけたほうが良いだろうか。
「バイク、乗ってもいい?」
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