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考えこんでいた早希に女性が尋ねる。サングラスごしに彼女と視線がかち合い、つい目をそらして早希はバイクから離れた。
「お久しぶりです」
失礼な態度をとってしまったかもしれないと思い、早希は母親に聞こえない声で呟く。
「早希、早く中に入りなさい!」
母親をこれ以上怒らせたくない早希は、彼女に頭を下げて門へ向かおうとした。
「待って」
急に聞こえた声に足が止まる。門の向こうで睨みを利かせている母親の目を見て、立ち止まったことを早希は後悔する。バイクへ近づくわけにもいかず、どうすればいいのか考えていると彼女の方からやってきた。
「早希さん、これ私の連絡先」
渡されたのは一枚の名刺だった。
《板倉万智子 住所〇〇〇 電話番号〇〇〇-〇〇〇〇》
名刺には名前と住所、電話番号が書いてある。彼女の名前は万智子というらしい。
「気軽に電話して」
板倉万智子は背が高い。早希は頭上から声がして顔を上げる。彼女はさっさとバイクに跨っていた。
早希が名刺をどうすれば良いのか迷っている間に、万智子はバイクのエンジンを入れた。
「早希! 早く!」
背後から蓉子の急かす声がして、早希は隠すようにポケットに名刺を突っ込んだ。
「怒られないうちに戻ったら?」
誰のせいだと思っているのだろうか。相変わらず不思議な人だ。
早希は彼女に会釈をして玄関へ向かった。蓉子に肩を掴まれ、家へ引きずり込まれる。
背後でバイクのエンジン音が聞こえた。音のした方へ視線をやると、バイクが走り去っていくところだった。
「板倉万智子さん」
母の目を盗んでポケットに突っ込んだ名刺に制服の上から触れる。
「なに話してたの?」
家に入った途端待ち構えていた母親の顔を見ることなく、早希は靴を脱いだ。
「なにも」
いつもよりも丁寧に靴を揃えて母親の顔を見ないようにするが、頭上から感じる視線が痛い。
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