虚の輪4 心火の後

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 欠けた月が、下り階段を鋭く照らす。  もう何度、この階段を下りたことだろう。レクトの私室から、初代皇王が作ったという皇都地下に広がる迷宮へと続く階段を下りながら、レクトは息を吐き、心を奮い立たせる為に無理に口の端を上げた。  その心のまま、魔法の光に照らされた奥行きのある部屋に足を踏み入れる。部屋の奥にあるのは、一本の柱。その柱に鎖で縛られてうなだれている大柄な男を一瞥し、レクトはその影に設えた簡易ベッドに目を向けた。  ベッドの上、黒いマントの下に眠っているのは、ヴィント。柱に縛られ封じられている、初代皇王の片腕だったという男の命じるままに、レクトはヴィントをこの場所に運び、安置した。そして、ヴィントを生き返らせると言う男の力にする為に、皇王に即位したレクトは生きた人間をわざとこの場所へ迷い込ませた。最初は、皇国で罪を犯した者達を、そして、か弱き者を保護する名目で設立した孤児院に無理に閉じ込めた浮浪児達を。そして更に、前の妃亡き後レクトの元に嫁いできた、親しみが持てなかった新しい妃をも、レクトは捧げた。しかしながら。何人もの犠牲を捧げても、ヴィントは未だ、目覚める気配すら無い。やはり、この男に騙されたのだろうか? うなだれ、身動き一つしない、柱に縛られた男をもう一度一瞥し、レクトは、朽ちることなく眠っているように見えるヴィントの、冷たいままの頬を撫でた。  枕に広がる、ヴィントの黒い髪に、昼間謁見した少年の髪を重ね合わせる。従兄であり、レクトの近衛騎士隊長でもあるフィルと、その妻でヴィントの異母姉であるイーディケが連れて来たのは、ヴィントの忘れ形見。その、ヴィントと寸分違わぬ姿の少年を思い出し、レクトは首を横に振った。卑怯者達の刃にヴィントが倒れてから、十五年もの月日が経っている。自分はもう、弱い立場の皇太子ではない。今からでも、遅くない。ヴィントをきちんと、葬ろう。レクトは一人頷くと、そっと、ヴィントの冷たい身体を抱き締めた。その時。 「……レクト、殿下?」  懐かしい声が、耳を打つ。 「ヴィント」  信じられない思いで、レクトは、自分を見つめるヴィントの、蒼みがかった黒色の瞳を見つめた。 「ヴィント!」  間違い無い、ヴィントは、……生き返った。  歓喜と共に、レクトは、僅かに温もりを感じるヴィントの細い身体をしっかりと、抱き締めた。
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