〇の輪

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 ふわりとした、暖かい感覚に、物憂げに瞼を上げる。 「気が付いた。良かった」  ライに薄い毛布を掛けてくれようとしていたのだろう、白く見える布を手にしたイーディケ伯母が、ライの方を向いて明らかにほっとした表情を浮かべているのが、見えた。 「一日、眠ってたのよ」  その毛布を、ベッドに横たわるライの胸元に優しく置いた伯母の手が、ライの額を優しく撫でる。その手の冷たさに、ライは思わず顔を背けた。 「まだ、熱があるみたいね」  そのライの無礼な行動に怒る素振りすら見せず、伯母は優しく微笑む。 「仕方無いわね、こんな怪我をしているのだから」  そう言いながら伯母が触れた、ライの左腕から走る痛みに、ライは小さく呻いた。 「アールでしょ、こんなことしたのは」  溜息をつく伯母の声に、こくんと頷く。  あれは昨日の、いや伯母の言葉を考慮すれば一昨日のことになるのか。伯母の夫が隊長を務める皇都の近衛騎士隊の訓練を、ライは伯母に勧められるがまま、見学に行った。そして、何が原因なのかは未だに分からないが、ライは、ライより少し年下の少年、アールに絡まれ、近衛騎士達の前でアールと試合をすることになってしまった。  訓練を見学している限り、年齢の割に高い実力をアールは持っているように見えた。しかし、ライの方も、出身地である南の王国で、王でありかつ伯父であるルフや従兄のゼーレから厳しい武術訓練を受けている。負けるわけにはいかない。だから、ライは、見学時に見つけたアールの、時折腕を無駄に大きく振る弱点を突き、アールの模擬武器を地面に叩き落とした。次の瞬間。 「あ」  アールの右手に光るものを認め、思わず一歩下がる。しかし素早さは、アールの方が勝っていた。 「痛っ!」  気が付いた時には、アールはライに背を向けていて、ライの左腕からは黒っぽい血が流れ出ていた。アールが常に左袖に隠し持っている毒針のことを知ったのは、訓練場の隅で応急手当を受けている時。 「試合で負けたからって、腹いせをするアールもまだまだ子供ね」  ライの左腕の包帯を取り替える伯母の声が、暗く耳に響く。そして。 「アールの気持ちも、分からなくもないんだけど」  小さく呟かれた伯母の言葉に、ライは少しだけ目を閉じて気持ちを落ち着かせた。アールは、北の国の代表となっているエーリチェ女王の息子であり、北の国から差し出された人質としてこの屋敷に寄宿している。そして、彼は、……ライの、異母弟。 「十くらいの時に初めてヴィントに、あなたのお父様に引き合わされた時も、私は憎しみしか感じなかった」  ライの父、ヴィントは、南の国の先王ヤールが、彼の麾下である最南伯の城で働いていたお針子を見初めて産ませた、息子。ヤールの正妻の娘であるイーディケ伯母とは、同い年の異母姉弟になる。 「兄上は『弟ができた』って喜んでいたけど」  正妻たる母がイーディケ伯母を身籠もって大変な時に、父は他の女性に手をつけた。そのことが不潔に思え、伯母はことあるごとに、南の国の王宮で騎士としての修行に励んでいたヴィントを虐めていたという。ヴィントが必要としている物品を取ったり隠したりすることは日常茶飯事。食事を摂らせなかったり、やってもいないことを先王に告げ口したりしたこともあったという。 「どんなに酷いことをしても、ヴィントは何も言わなかったけど」  ライの髪を撫でる伯母の、沈んだ口調に、ライは目を開いて伯母を見た。 「今でも、父のことを?」  乾いて張り付いた喉から、声を出して尋ねる。 「うーん、少しだけ」  ライの問いに、伯母は穏やかな茶色の瞳を少しだけ綻ばせた。 「でも、あなたとヴィントは、別の存在」  それに。不意に、伯母が目を伏せる。 「私の代わりに人質に行かされて、あげく、殺されて、しまった、から」  途切れた言葉に、目を閉じる。  ライの髪を撫でる、伯母の華奢な指が、ライの心を震わせて、いた。
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