〇の輪

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 はたと、目を覚ます。 「よく眠ってたわね」  首を動かすと、ベッドの側で微笑むイーディケ伯母の姿が見えた。 「まだ少し熱があるかしら?」  その伯母の冷たい手が、ライの額を優しく撫でる。 「明日も熱が下がらないようなら、レナのところに連れて行った方が良いかもしれないわね」  そう言いながら、伯母はライの額に冷たい手拭いを置き、ベッド側の椅子に腰掛けた。その伯母の手元を、見るともなしに見詰める。小さな針目で、伯母は、濃青色の布に白い紐のようなものを縫い付けていた。 「これはね、ライ、近衛騎士の上着」  ライの視線に気付いた伯母が、縫っていた布をライの目の前に広げて見せてくれる。濃い青色の、前開きの上着。大きめの黒い前釦と、左袖に幾本か入った白い線以外の飾りは、無い。 「これは、『輪』ね」  先程縫い付けていた、左袖の白い線を、伯母が示す。近衛騎士が顕著な功績を挙げた時に皇王から授けられる印が、この左袖の『輪』。そう、伯母はライに言った。そう言えば、アールも、左袖に二本の白い線が入った上着を着ていた。伯母の夫であり、近衛騎士隊長であるフィルの袖には、五本の線。今伯母が縫っている上着の輪は、四本だ。これからもう一本増えるのだろうか。縫いかけの上着を膝の上に戻した伯母の手元を、ライはじっと、見詰めた。  と。 「ライは、大丈夫なのか?」  静かな声が、部屋に入ってくる。首を動かすと、背の高い青年の姿が見えた。伯母の血の繋がらない息子の一人、オストだ。ヴィントが亡くなった後、人質として皇国に赴いた伯母は程無く、息子を二人持つ、前の皇王の甥である近衛騎士フィルの後妻となった。血の繋がった息子も一人いる。 「大丈夫よ、オスト」  伯母の言葉に、オストは明らかにほっとした表情で、ベッドに横たわるライを見下ろした。 「良かった。墓地で見つけた時は、真っ青な顔をしてたから」 「助けてくれて、ありがとうございます、オスト」  そのオストの、四つの線が入った左袖に、頭を下げる。 「いやいや」  そのライの言葉に、オストは何でも無いというように首を横に振った。 「アールが毒針を使ったのは分かっていたのだから、君を一人で家に戻しちゃいけなかったんだ」 「ま、一番悪いのはアールだってことで」  オストの言葉の後から、あくまで軽い声が響く。首を更に動かすと、オストの後ろに、伯母の血の繋がっていないもう一人の息子、テムの、オストよりもがっちりとしている肩が見えた。 「全く、アールもすぐキレるんだから」  おそらく性格なのだろう、軽い調子のテムの言葉が、ライの耳に響く。そのテムの左袖に付けられた輪は、一つ。 「あれで七つ輪を目指しているって言うんだから、バカというか何というか」 「これっ! テム!」  テムの言葉を、伯母が窘める。テムの言葉の中に出てきた単語の一つが気になり、ライは思わず、尋ねた。 「『七つ輪』って何ですか?」 「左袖の『輪』を七つもらった近衛騎士のことだ」  ライの問いに答えたのは、オスト。そして。 「七つ輪をもらった近衛騎士は、これまでに二人。そして二人とも、悲惨な死を遂げている」 「これっ!」  伯母が制した、テムの言葉に、何故か寒気を覚える。テムを強制的に部屋に出すオストと、肩を竦めて兄に従うテムから、ライはそっと目を逸らした。
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