〇の輪

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〇の輪

 蔦の絡む、陰になった路地の壁に埋め込まれた扉を、力の籠もらない腕で押し開く。霞んだ瞳に映ったのは、夏の名残を留めた草が不規則に生える地面と、その地面の所々に並ぶ小さな石の碑、だった。  ここ、は。暗闇に引き込まれそうになる意識を、何とか明るい方へと持ち上げる。ここは、確か。……墓地、だ。慣れない道に迷い、寄宿している伯母の屋敷ではなく、その反対方向、皇城の裏手にある、皇国に仕える騎士達を葬る場所へ辿り着いてしまったらしい。  ずきずきと、脈打つように痛む左腕を、そっと見やる。黒く見える血は、既に止まっている。しかし、痛みと熱が、じわじわと全身を蝕んでいる。早く、屋敷に戻らなくては。頭はそう、叱咤するのに、身体は全く言うことを聞かない。ふらふらと、何かに誘われるように、草地に刻まれた道無き道を歩く。足を止めた場所は、この皇都を訪れてすぐ、伯母に誘われて足を運んだ、父が眠るという、場所。  ここに、会ったこともない父が眠っている。草に埋もれた、小さな石碑を、ただ見詰める。胸に去来する感情は何故か『悲しみ』ではなかった。空虚、としか名付けられない、どこか空々しい、想い。  ゆっくりと、晩夏の太陽が影になって落ちてくる。  暗闇の優しさに、ライは静かに身を委ねた。
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