241人が本棚に入れています
本棚に追加
頭にモヤモヤが残ったまま、自分の部署へ戻った。
「じゃあ、今日はこのデータを打ち込んでください」
部長から指示をされ、自席にあるパソコンに向かって、淡々と打ち込む。
天宮、俺のこともう覚えていないのか?
それとも……。
それから二週間は同じ仕事。
資料をひたすら打ち込み続けた。
打っても打っても終わらない資料の山。
さすが有名メーカーって感じがするな。
天宮とは社内で時々すれ違うことがあったが、軽く会釈をすると向こうも返してくれるくらい。会話ができそうな雰囲気ではなかった。
俺は、ずっとお前に謝りたいことがあるのに。
高校の時、突然転校してしまった天宮。
もう一度会えたらどうしても伝えたいことがあった。
はぁ……。
何年か経てば話せるチャンスが訪れるんだろうか?
終業時間になり、皆定時で上がっていく。
俺も帰宅しようとした時
「すみません。誰か俺の資料の打ち込み、手伝ってくれる方いませんか?」
部署内が急にシーンとなった。
「すみません。子どもが熱を出したみたいで。妻は今日は実家に帰っていて俺しかいなくて……。明日までの期限なんです。誰か手伝ってくれる方、いませんか?」
挨拶しかしたことがない高木さんだ。
部長がそれを聞き
「どうして早く言わなかったんですか?」
咎めている。
「今日自分が残業をすれば終わる量だと思ったので……。申し訳ございません」
「誰かいませんかー?」
部長がブース中に聞こえるような声を出すが、誰一人として返事をしなかった。
そして部長も代わりにやろうって気持ちはないんだな。
俺でもできる作業だろうか。一人暮らしだし、彼女もいない。帰りが遅くなって心配する人なんていないし。
「あの、俺でもできる仕事だったらやります」
俺一人だけが挙手をした。
「できます。単純な作業なので……。ありがとうございます!」
頭を思いっきり下げられた。
そのやり取りを見て、自分は関係ないとばかりに他の職員は続々と帰宅をする。
「お疲れ様ですー」
本当にあっさりしている人たちだな。
高木さんに作業を教えてもらう。
量も思ったより少ないし、単純な作業だから数時間くらいの残業で終わるだろう。
「ありがとうございます。今度何かお礼をしますので」
「いえ、困った時はお互い様ですから。娘さん、熱、下がると良いですね」
高木さんが「ありがとうございます」と言ってくれた時の顔は、嘘偽りのない「ありがとう」を感じた。
娘さんのこと、大切なんだな。
最初のコメントを投稿しよう!