冷酷上司は何でも知っている

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 課長こと指宿亮史(いぶすき りょうじ)は、27歳の若きエース。  彼のことを一言で表わすならイケメンだ。もう一つ言葉を付け加えるなら、冷酷だ。  いつも淡々とした口調で部下に指示を出すし、笑顔なんて絶対に見せない。部下が言い訳をしようものなら、淡々と理詰めにする。それはもう容赦なく。  とはいえ長身、将来超有望、そんでもってイケメン。  三拍子揃った彼のことを会社の女性社員の半分は狙っているだろう。一夜限りの的なアレを含めるなら三分の二。  とにかく指宿課長は大変女性社員にモテモテだ。だって彼の席には、いつもお土産の菓子が置いてある。  しかもお菓子の下には、明らかに私物の可愛い付箋が張り付けてある。……羨ましい。モテることじゃなくて、課長と距離を詰める女性社員のことじゃなくって、ご当地の銘菓を食べれることができる課長が。  などと考えながらも、パソコンを打つ美亜の手は止まらない。  これといったスキルが無かった美亜だが、派遣会社から無料で紹介されたパソコン教室に通ったおかげで、なんとかブラインドタッチは身に着けた。  その甲斐あってお喋りをしていてもキーボードを叩く手は止まらない。  とはいっても勤務中は、私語厳禁である。すぐに強い視線を感じて、美亜はそこに目を向ける。がっつり指宿課長と目が合った。 「……やばっ、課長こっち見てる」 「おお、こわ」  肩をすくめたのは香苗で、綾乃はモニターから目を逸らさない。さすが末っ子。というやり取りは、今日に限っての事じゃない。  働く理由は様々だが、派遣トリオの美亜と綾乃と香苗はいつもこんな感じで仲良く仕事に励んでいる。  長いミーティングの後、主任と呼ばれている男性社員から指示された仕事は、何に使うのかわからない文字と数字の打ち込みと、ボツになった企画書の束をシュレッターにかけること。  誰でもできる仕事であるが、美亜はニコッと笑って引き受ける。    このご時世、お茶くみなんかはないけれど、それでも電話応対は派遣の仕事で、取り次いだ挙句「あーもー忙しいんだから、後にして!」と言われ頭をペコペコ下げながら相手先に謝るのも派遣の役割。  でも好きな文房具を発注できる権利はなくて、正社員が発注した備品を総務課まで取りに行くのは派遣が担当。  美亜はアルバイトの経験があまりない。働かせてもらえなかったというより、働く場所が無かったのだ。  派遣で働くのも初めてだった。というか、派遣社員というシステムすら良くわかっていなかった。ネットで検索してみても、ふぅーんと思ったけれどなるほどとは思えなかった。  派遣会社に登録に行く前に兄から、丁寧な説明を受けてやっと納得することができたが、しかしパールカンパニーで働き出して、またもや悩むことになる。  正社員と派遣社員との線引きがとても細かいのだ。  キラキラ女子になるべく気合いが入りまくっていた美亜は、やりたいのにできないジレンマと、一線を引く正社員たちの態度に少々病んだ。  兄に愚痴り、諭され、足を引きずるようにして出社すること一年。何となく自分の立ち位置がわかった。  その後、商品企画部に移動して綾乃と香苗と出会って、今は派遣社員としての働き方を少しは覚えたつもりだ。あと要領の良さも、ちょっとだけ。  そんなこんなで指示された仕事を片付けたのは、お昼休憩の10分前。  やる気に満ち溢れていた入社当時は、終わり次第報告に行って「次の仕事をくださーい」と言って迷惑な顔をされた。  その度に傷付く自分がいたけれど、今は完了報告は昼一にして、トイレで時間を潰すそうとさっさと席を立つ。  遅れて香苗が席を立つのが見えた。おそらく自分と同じだろう。 「ーーねえ、来週の金曜日って暇?」  女子トイレに入った途端、追いついた香苗から問い掛けられ、美亜は満面の笑みで頷く。 「暇、暇、超ー暇」 「おっけ。じゃあ、合コン大丈夫だよね?」 「ねえさん、あざっす……好き」  嬉しい誘いに美亜は、香苗の腰に抱きつく。  将来海外移住を計画している香苗は、コネを広げるためにマメに合コンを企画している。  そしてちょくちょく美亜を誘ってくれるのだ。 「今回のメンバーは期待してね。病院シリーズだから」  追加された情報に、美亜は首を傾げる。 「シリーズって何ですか?」 「ん……医者と技師、あと看護師」 「なるほど、確かに病院シリーズですね」 「ん、んー……そうなの。医者で揃えても良かったんだけど、あのジャンルは当たり外れが激しいから。ま、全員外れなら、食に走ればいいし。会場さぁ、ちょっと奮発してもらったんだ」 「え……私、払えるかなぁ」 「お馬鹿。安心しなさい。男子のおごりに決まってるじゃないの」 「ねえさん……超好き」 「調子良いわねー」  グロスを塗り直しながら会話をしていた香苗だが、ぎゅっと抱きついてきた美亜に苦笑する。  そんな中、パタパタと足音が近づいて来たかと思ったら、「さぼりみっけ」という声と共に綾乃が顔を出した。 「浅見さん、星野さんに来週の合コンのこといいました?」 「うん、今伝えたとこ。行けるってさ」 「やったぁー。三人で合コンって初めてですよね」  当日、何着てきます?と、女子高生みたいにはしゃぐ綾乃に美亜はぎょっとする。 「長坂さん、結婚する人いるのに合コンして良いんですか!?」 「うん。別にヤルわけじゃないし、ちょっと楽しく食事するくらいはセーフでしょ」 「……ヤルって」 「あははっ、星野さん顔赤いよ」 「だ、だって!だって!!」  キラキラ女子に憧れる美亜であるが、未だ純朴さは残っている。  そりゃあバージンではないけれど、露骨な表現はどうしたって抵抗を覚えてしまうのだ。  顔を赤くしながらワタワタする美亜を見て、香苗と綾乃はクスクスと笑った。
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