冷酷上司は何でも知っている

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冷酷上司は何でも知っている

 美亜が派遣社員として働いている職場は、パールカンパニーと言って創業100年を超える駄菓子メーカーである。  看板商品は【真珠餅】。光沢のある真っ白な小粒の餅は12個入りで税抜三十円。全国の駄菓子屋に陳列されており、遠足のおやつに最適なロングセラー商品である。  もちろんパールカンパニーは、その他の商品も扱っている。  粉末ジュースやゼリーといった駄菓子はもちろんのこと、贈呈用の高級菓子。最近ではコンビニとコラボして、季節のフルーツ大福シリーズも大ヒット。  一貫して甘い物だけを追求し続け、景気不景気関係なく年々ゆっくりと成長をし続けるこの会社は、安心安定の大企業。  市内の交通拠点であり、オフィスビルやデパートが聳える最も活気あふれるエリアに自社ビルを構えている。  ちなみに美亜は、そこの6階にある商品企画部に席を置いている。 ***  正社員が3、4人で固まって真剣な表情でミーティングをするのは月曜日の朝一の決まり事。  しかし派遣社員である美亜は、そこに呼ばれることは無い。ただただ黙ってデータ入力をすることだけを求められている。  商品企画部とはその名の通り、自社商品をどうやって世の中に流通させるか考える部署のこと。  具体的にはマーケティングをして、商品コンセプトの抽出して、企画提案まで一手に引き受ける花形部署。美亜の言葉を借りるならキラキラした人達が集う場所なのだ。  といっても、ここに在籍する人全てがキラキラできるわけじゃない。  カッコよくフライパンで炒める前に、下ごしらえが必要になるように、地味で面倒な作業をする人達だっている。それが派遣社員の役割だ。  ちなみに営業企画部には美亜を含めて3人の派遣社員がいる。 『働き方いろいろ。自分のライフスタイルに合わせて、仕事を選ぼう』  派遣会社のキャッチコピーは、大概こんな内容だ。  その通りだと美亜は、パチパチとキーボードを叩きながら、しみじみと思う。 「ねえ、今日のミーティングちょっと長いね」  隣で同じようにデータ入力をしている派遣社員の長坂綾乃(ながさかあやの)の囁きに美亜はこくこくと頷いた。  長坂綾乃こと綾乃は、美亜より2つ年上の25歳。お嬢様学校で有名な地元大学を卒業した後、パールカンパニーの派遣社員として働いている。  とはいっても綾乃の実家は、代々続く老舗料亭。しかも既に結婚相手は決まっている。とどのつまり働く必要はないのだ。  ……ないのだが、一度くらいOLしてみたいという理由で綾乃はコネでここにいる。美亜からすれば、綾乃は羨ましい境遇だ。でも妬ましいとは思わない。  ゆるふわパーマのショートボブに、ぱっちりとした二重。きめ細かい肌に、いつもフワッと笑う彼女は美亜があこがれる女子そのもの。何より悪口を一切言わないところが素晴らしい。  キラキラ女子を目指す美亜にとって綾乃は、お手本にしたい女子ナンバーワンなのだ。 「……っていうか、今日のミーティングが長いのは殿がいるからでしょ?」  今度は向かい合わせの席に座るもう一人の派遣社員ーー浅見香苗(あさみかなえ)から声を掛けられ、美亜はモニターから顔を覗かせ頷いた。艶のあるロングヘアが遅れてさらりと揺れる。  香苗はチラッと生真面目な顔で意見を述べ合う社員達を見て「大変そうね」と呟く。だがすぐに、日本企業のミーティングなんんてロクな案が出ないのに、と横髪を耳にかけながら毒を吐く。  そんな香苗は、スレンダーな日本美人で二年後の28歳になったら海外移住をすると決めている。ただ外国かぶれというわけじゃなく、日本の文化に嫌悪している。  香苗の両親は公務員で、よく言えば保守的。悪く言えば子供を支配したがる親だった。  好奇心旺盛だった香苗は、幼い頃からやることなすことケチを付けられ、自分立と同じ公務員の道を歩ませようとする両親に愛想を尽かせて家を飛び出した。  幸い両親は世間知らずで、派遣社員というものをわかっておらずただ大手企業で働いているという香苗の言葉を鵜呑みにして、現在は小康状態を保っているそうだ。 「課長がミーティングに参加するなんて、何かあったのかな?星野さん知ってる?」 「んー。わかんないですね」  ちょっと考える素振りを見せたが、知るわけない。わかることと言えば、課長が先週金曜の夜にコスプレをしていたことだけ。 「あ」 「どうしたの?」 「なになに?」  つい声を上げた美亜に、香苗と綾乃が同時に声を上げる。 「あー……もしかしてハロウィン向けの商品を急遽販売することになったとか?」 「なるほどー」 「そうかもね」  一先ず二人は頷いてくれたものの、言葉ほど納得はしていない。  それもそうだろう。ハロウィン向けの商品なんて春に企画するものだ。10月半ばで、企画をゴリ押ししたって間に合わないに決まっている。美亜とてつい口に出してみたまで。  ならなぜそんなことを言ってしまったかと言えば、課長のコスプレ姿が脳裏にチラついて離れないからだ。
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