冷酷上司は何でも知っている

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 トイレで合コンの約束をしたことなど無かったかのように、美亜はすまし顔で席に戻る。  香苗と綾乃は時間差で、戻ってくるだろう。その辺りの連携は取れている。  昼休憩まであと4分。後は机の上を片付けて、休憩スペースに走るだけ。  パールカンパニーは福利厚生が充実していて、各階に休憩スペースがある。それに加えて最上階はワンフロア全てがカフェスペースになっている。  しかも昼食時には無料のデザートまで用意される。ただ数には限りがあり、雇用形態に関係なく早い者勝ちのルールだ。  暗黙の了解として本来なら正社員に譲るべきなのだが、明確にルールが定められている以上、美亜は遠慮はしない。  だって用意されているデザートは駄菓子だけではない。  自社ブランドの高級菓子”花珠シリーズ”と、コンビニコラボで大ヒットした真珠大福なんかもある。  キラキラ女子としては、淡く輝くそれを何としても食べたいのだ。  そんなわけで美亜は机の上を片付けながら、綾乃たちが戻ってくるのをソワソワしながら待つ。  時刻は11時58分。どうか内線鳴らないでと美亜が祈ったその時、突然頭上から声が降って来た。 「星野君、ちょっと良いかな」  空気を読まずそう言ったのは、コスプレ課長……もとい、指宿亮史だった。 「はい。なんでしょう」  チャイムを待つ美亜は舌打ちしたい気分だが、立場上嫌とは言えない。 「お昼前に悪いが、先ほどミーティングでちょっと良い案がでなくてね。申し訳ないんだが、派遣の皆さんにもちょっと意見を聞きたいと思ってね」 「……はぁ」  こりゃあ、話が長くなるなと美亜はうんざりする。  あと、何も今じゃなくて良いじゃんとも思ってしまう。 「あ、課長お疲れ様です」 「お……お疲れ様ーす」 「ああ、お疲れ」  サボりから戻って来た綾乃と香苗は、ぎこちなく課長に挨拶をして席に着いた。  営業企画課に席を置いて早一年。これまで一度も課長から声を掛けられたことが無いため、これは派遣社員にとっては事件である。  しかし好奇心はあっても、面倒事に巻き込まれたくないと思うのは当然の発想で、二人はこちらを見ようとはせず、ただただ仕事をするフリをしてチャイムが鳴るのを待っている。  無論、美亜とて同じだ。チャイムが鳴ったら「続きは午後に」と言ってダッシュで最上階を目指すと決めている。 「で、話は戻すが今度の商品のターゲットがーーああ、昼か」  再び課長が口を開いたと同時に、昼休憩を告げるチャイムがフロアに響き渡る。  すぐさまざわざわし始める社員達を一瞥した課長は、なぜかニコッと笑って美亜にこう言った。 「ちょうどよかった。お昼を食べながら話そうか」  瞬間、美亜を中心として半径5メートルが静寂に包まれた。  冷酷上司が笑っただけでもセンセーショナルな出来事なのに、派遣社員を食事誘ったのだ。  刃物のような女性社員の視線が美亜を刺す。 「あの……申し訳ありませんが、お弁当を持ってきてまして」 「そうか。それは残念だったな」 「はい」  体の良い断り文句を紡げば、幸いにも課長は引き下がってくれた。  ……と、思ったのだけれど、 「そのお弁当は夕飯にしてくれたまえ。では、行こう」 「え?……えー!!」  悲鳴に近い声を上げる美亜だが、無情にも課長は無視してフロアを出ようとする。 「花珠シリーズは、うちらにまかせて。はい、いってらぁー」 「どこでランチしたか後で教えてね。んじゃ、行ってらっしゃい」  他人事だと思って、香苗と綾乃はポンポン美亜の背中と肩を叩く。  嫌だ嫌だと思っても上司の命令は絶対。派遣社員である美亜は、トボトボ歩きで課長の後を追った。
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