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イケメン課長が普段どんなところでランチをしているかなど、末端派遣社員が知る由もない。
ただいくらとかキャビアとか、ピカピカ光る系のセレブランチをしているのだろう。はんっ、羨ましいですね。ちなみに美亜の本日のランチは、どデカいおにぎり二個である。
「……え？ここですか？」
自社ビルを出てオフィス街を歩くこと数分。路地裏に入った課長が足を止めたのは、趣おもむきのあるうどん屋だった。
「ああ。空いてるからな」
「そうですか。そうですよね」
趣があると言ってみたものの、古民家リノベのお洒落系ではない。戦前からありそうなガチの古い店だ。
ガッカリ感を丸出しにする美亜を無視して、課長は奥の座席に行く。
注文したのは味噌煮込みうどん。あ、狐うどんじゃないんだと、美亜は思ったが口に出すことはせず、自分がそれを注文する。課長はちょっと眉間に皺を寄せた。
待つこと数分。二人が注文したうどんが並べられる。
猫舌の美亜はハフハフしながら食べる。店構えは残念だが、味は満点だ。
課長は味噌煮込みうどんの麺は硬いはずなのに、黙々と食べている。真っ白なシャツには汁一つ飛ばしていない。
取り皿に麺を移す奇麗な箸使いについ見入っていたら、課長と目が合った。
「ん？こっちの方が良かったのか？」
真顔で聞いてくる課長に、美亜はポカンとしながらも、なんとか首を横に振った。その後は、食べることに専念した。
課長が箸をおいて遅れること数分、美亜も完食した。
「ごちそうさまでした」
「ああ……さっそくだが」
そう切り出した課長は、一旦言葉を止めてポットを手に取りコポコポと二人分のお茶を湯呑に足す。
「お、恐れ入ります」
「いや、ついでだ。で、先に言っておくが俺は仕事の話をしにきたんじゃない」
「え……じゃ、じゃあ」
「至極プライベートな話だ」
それすなわち、先週金曜日のコスプレの件だろう。
すぐに察した美亜は「誰にも言いません」と、先手を打とうとしたがそうじゃなかった。
「お前、あの男と縁を切りたいか？」
「……は？」
まったく予測していなかった質問に美亜は間抜けな声を出してしまった。
てっきりコスプレを口止めされると思っていた美亜に、課長は言葉を重ねる。
「あの男はお前にとって悪縁だ。しかもがっつり結びついている。自力で解くのは無理だ。このままじゃ、一生付きまとわれるぞ」
「……一生って」
あんぐりと口を開ける美亜だが、ここで気になることがあった。
「……課長、あの時のこと全部見てたんですか？」
「たまたま視界に入っただけだ」
「来るべきハロウィンに向けての練習中にですか？」
「何言ってんだ、お前？」
「……」
どうやら課長はコスプレのことはしらばっくれるらしい。
なら自分もと美亜はとぼけた顔をする。
「ちょっと仰っている意味がわかりません。それにもうあの人とは別れてます」
「お前なぁ男と女の関係が終わったからって言って、縁が切れるなんて思うなよ。金づるとしての縁は切れてない」
「まっさかぁー」
「今月は俺が県外に飛ばしたから何とかなったが、来月の給料日には、自宅に来るぞ」
「そ、そんな……まさか」
「ほいほい、家を教えるお前が悪い」
「いや、そうじゃなくってですね」
県外に飛ばしたというフレーズにまさかと言ったのだが。
美亜はそう言おうと思ったけれど、あの日、真っ暗な無の空間を思い出して口を噤む。
あの時、言葉で言い表せない何かが起きたことを肌で感じた。人ができない何かが起こったと直感で悟ったことは間違いない。
しかし、目の前にいるのは単なる派遣先の上司。はいそうですかと信用なんでできないし、摩訶不思議なことには関わり合いたくない。
そう思いつつも、課長の言葉がもし本当ならと美亜は自分の未来を想像する。
給料日にまとわりつく元彼氏。財布から消える札。考えれば考えるほど、笑えない。
だから美亜は、本当に本当に年の為に聞いてみた。
「あのう……じゃあ、どうやったら縁は切れるんですか？」
瞬間、課長はニヤリと笑った。黒い笑みだった。
「簡単だ。自力で切れない縁は、他のヤツに切ってもらえばいい」
「物騒なこと言わないでください」
「殺すなってことか。馬鹿、やるかそんなこと。お前の発想こそ物騒だな」
「……」
そういう発想をさせる発言をした課長は何だというのか。と思ったが美亜は黙ってお茶をすする。
今、美亜はとても混乱している。
何というか課長と話を始めてから、自分の言動がおかしい。まるで操られているような感じがする。課長の都合の良いように。
とはいえ、課長が自分を助けたところで何のメリットがあるのだろうか。
いや、メリットはある。これだ。
「コスプレのことなら」
「だから、俺はコスプレなんぞしていない」
「じゃあ、あの時の狐コスは」
「狐と一括りにされると腹が立つな。まぁ狐なんだが」
「つまり、コスプレでは？」
「違う」
しかめっ面で言い捨てた課長はお茶を一気に飲み干すとダンっと湯呑をテーブルに叩きつけた。
「で、どうする？一生、あの男にタカられる生活を送るか、俺に貸しを作って縁切りするか。選べ！」
「その貸しを、どうやって返せば」
「後で教えてやる。とにかく選べっ」
ギロリと睨まれて、美亜は唸る。
しかし考える間もなく、するりと言葉が出て来た。
「貸しを作ります」
「よし。じゃあ行くかーーあ、ちょっと待ってろ」
勢いよく立ち上がった課長だが、ここで上着からスマホを取り出すと、どこかに電話をかけた。
「柴崎君か？ああ、俺だ。派遣の星野君が良いアイデアを出してくれたから、このまま打ち合わせに行く。長引くだろうから、直帰になる。悪いがホワイトボードにその旨書いておいてくれ。星野君もだ。よろしく」
嘘八百を並べ立てた課長は、スマホを上着のポケットに仕舞うと顎で出口を示した。
「行くぞ」
「……は、はいっ」
どこに？そう言いたいのに、美亜は自分の意思とは無関係に素直に頷いてしまった。
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