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君と私の共通点
震える身体を叱咤して、深呼吸を繰り返す。呼吸か整ったのを確認したら、今度はワンワン泣きながら訴える正弘の言葉に耳を傾ける。
「博さん、弟さんはもうやめてって言ってます」
「そんなわけないじゃないか。嘘ばっかり言うのはやめてくれ!」
「嘘じゃないですよ。っていうか、私にはカーテンのところで遊んでいる弟さんは見えませんよ」
「当たり前だろ!今はキッチンのところで……ああ、正弘。そこに登ったら駄目だ。危ないだろっ」
向き合って話ができたのはたった5秒。博は己が作り出した弟の世話で忙しく、美亜の事なんて二の次だ。
駄目だ、全く話にならない。
溜息を吐いた途端に、美亜が見えている正弘が更に声を上げて泣き出す。うん、わかったから、ちょっと落ち着いてと目で訴えれば、物言いたげな視線を向けられた。
これは明らかに「お前、本当に大丈夫?」と心配されている。
声からして小学生っぽい男の子に心配される成人した自分。ちょっと情けない。でも不思議なことにもう身体の震えは治まっている。
もちろん、自分が見ている正弘の姿は、かろうじて目と口が確認できるだけの泥人形だ。ドロドロ感は半端ないし、触れてみようとはどうしたって思えない。
けれども、この泥人形は風葉が太刀で一閃する憎悪の塊とは違う。かつて自分と同じ人だった。
自分と同じように、ご飯を食べて、勉強をして、未来を夢見て、笑ったり怒ったり時には泣いたりを繰り返してきたはずだ。
そしてこんな状態になっても強く訴えてくるのは、誰かに向けての呪詛ではなく、大切な人に向けての思い。
お兄ちゃん、こんなことやめて。幸せになって。
僕の事はもう忘れて良いよ。十分幸せだったから。
でもね、最後にお願いがあるんだ。ちゃんと僕を見て、そして前みたいに笑ってーー
こんな切なくて奇麗なお願いを耳にしたら、キラキラ女子志望の自分は何がなんでも叶えたいと思っちゃうじゃないか。
「博さん!こっち、こっちに来て」
台所で己の妄想で作り上げた弟とじゃれ合っている博の腕を掴む。本物の弟と向かい合わせるために。けれども、
「離せっ。邪魔すんなよ!」
「っ!……痛!!」
乱暴に腕を振り払われてしまった。しかもその拍子に彼の肘が顎に当たった。かなり痛い。
視界が歪んで、思わずよろけて尻餅をついてしまう。
「あご……ひどっ」
痛む個所をさすりながら、博を睨み付ける。
無視や誹謗中傷は受けたけれど、生まれてこの方、異性に殴られるのは初めてだ。元カレ圭司だって殴ることはなかった。
「いやまぁ……アイツは同情心を煽る天才だったもんね」
つい苦い過去を思い出し、更に顎が痛む。
とはいえこんなことで白旗を上げる気は無い。むしろこの痛みのお陰で何かが吹っ切れた。
「上等じゃん」
根性で立ち上がった美亜は、再び博の腕を掴んだ。
博の腕を掴んだ美亜は、次いで反対側の手で彼の胸ぐらを掴む。それから思いっきり背を反らせると、彼の額めがけて勢い良く己の額を押し当てた。
ーーごっちん!!
いわゆる頭突きを喰らった博は、信じられないといった感じで目を丸くする。
「痛……な、なにを」
「博さん!よそ見なんかしねぇで私を見てよ!!」
理不尽な暴力に抗議しようとした博を一蹴するかのように、美亜は大声を張り上げる。
耳をつんざく程の大声のおかげで、博はやっと自我を取り戻してくれた。
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