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「博さん、聞いてください」
「もういいっ。放っておいてくれ!」
全てを拒むように激しく頭を揺さぶる博の頭を、美亜はむんずと捕まえる。
「駄目です!聞いてもらいます!博さんは聞かなくっちゃ駄目なんです!!」
ぎゅっと博の頭を抱え込む。暴れる彼は、実は震えていた。
「正弘さんは生きたかった。でも大好きなお兄ちゃんを困らせたくはなかった。死んだ後も、自分の為にやりたいことを我慢しているお兄ちゃんを見ていてとても辛かった。でも、いつも傍に居てくれるお兄ちゃんから手を離したくはなかった」
「……俺は一度だって、犠牲になってるなんて思ったことはないんだ」
「でしょうね。うちのお兄もそういうタイプですから。……って失礼、話が逸れました。で、正弘君は自分なりに頑張ろうって思ったんです。だから短冊を自分で付けようと」
「っ!?……今、なんて……」
「え?短冊を付けるって」
「どうして君が知ってるんだ」
「知ってる?いえ、私も今、知ったんです。正弘君がそう言ってるから……」
最後は尻すぼみになってしまった美亜を捨て置き、博は辺りを見渡す。声にこそ出していないが、彼の唇は間違いなく弟の名を紡いだ。
ようやっと本当の弟を見ようとしてくれているんだ。
瞬時に悟った美亜は、更に言葉を重ねた。
「お兄ちゃんがキャッチボールをしようと約束してくれたことは、医者になることより、看護師になることより、それが一番うれしかったって正弘君は言ってます。でもキャッチボールは二人でするものだから、叶えてもらうのを待ってるのは嫌だったんです。自分で短冊を付けて、元気になりたかったんです。喧嘩したのは、自分が悪かったとも言ってます」
「……喧嘩が自分のせい?」
「そうです。勝てると思ったみたい……え?違うの?ーーあ、訂正します。本当は勝ってたって言ってます」
どんな喧嘩をしたのかわからないけれど、割り込んできた正弘は、これまでで一番強く主張した。
小学生でも男のプライドがあるんだと内心思いつつ、美亜が訂正して伝えれば正弘は満足そうに笑った。
対して博は、脳天に一撃食らったように、かふっと息を吐いたかと思えばそのまま脱力した。
「そんな……正弘が……そんなことを思っていたなんて……じゃあ、俺は今まで何をしてたんだ……くそっ」
掠れ声で呟く博は、己の真実が間違っていたことに気付いたようだ。両手で顔を覆って、小刻みに震えている。
本当ならこのまま博の気持ちが落ち着くまで待っていてあげたい。しかし、隣に立つ正弘は残酷なことを自分に告げる。
「えっとですね、正弘君、もう逝くって言ってます。お兄ちゃんのこと大好きだったからずっと傍にいたけれど、僕がいるとお兄ちゃんはどんどん悪いことをしちゃうからって」
「嘘だろ!?」
悲鳴に近い声を上げて顔を覆っていた手を離した博は、美亜に取り縋る。
「嫌だ、そんなの駄目だ!正弘に言ってくれ。兄ちゃんを置いていくなって!!」
「っ!!……ご、ごめんなさい。無理……みたいです」
いつの間にか正弘は移動して博の隣に立っている。そして美亜に向かって首を横に振っている。
その眼は、子供に似つかわしくない達観したものだった。
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