1コールで出る男=せっかちではなくヒーロー

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1コールで出る男=せっかちではなくヒーロー

 大切な弟との別れを知った博が絶望したのは一瞬だった。すぐに美亜から身体を離すと真剣な表情で口を開く。 「美亜ちゃん、正弘はどこにいる?」 「そこ、博さんの隣にいます」  ありがとう、と早口で礼を言った博は拳を握って目を閉じる。再び目を開けた彼は、すごく穏やかな顔をしていた。  たった数秒で心を決めた彼は、やっと本物の正弘を視界に収めた。 「正弘、兄ちゃんまた馬鹿な事やってごめんな」  真っすぐ見つめる博の先には、正弘がいる。二人の視線が絡む。互いをちゃんと認識して、気持ちを交わそうとしている。  美亜は二人の邪魔にならぬよう距離を取った。 「兄ちゃんな、本当は心のどこかでお前が何にもできない子だと思ってた。でも正弘、お前喧嘩に勝ったんだってな。すごいな、兄ちゃん見直したよ」  博の言葉に正弘は破顔した。誇らしげに、兄に飛びつくその姿は、博が泥人形に襲われているようにしか見えないが、それでも心温まる。 「ごめんな。兄ちゃん、いっぱいやらかしちゃったな。こんな姿にさせてごめんな。辛かっただろう?」 「辛くなんかないもん!」  すかさず首を横に振った正弘に、博は優しく弟の頭を撫でた。 「お前は、強いな。偉いな。でも……兄ちゃんは悪いことばっかしちゃったから、きっと天国には行けないかもしれない。でも俺達はずっと兄弟だから……」  言葉が詰まって、博はぎゅっと正弘を抱きしめた。 「兄ちゃんは天国に行けるよ。僕が閻魔さんにちゃんと言うよ。兄ちゃんは悪くないって!僕、一人でも待ってるから。兄ちゃんとキャッチボールができるまで、ちゃんと待ってるから」 「そうか。うん、そうだな。じゃあ、練習しとけよ、正弘。兄ちゃん、キャッチボール上手いんだから」 「うん!」  涙が出るほど美しい光景だった。  良かった。間に合って、本当に良かった。自分が誰かの役に立てて嬉しかった。  胸を突き上げてくる感情で視界がぼやけ、鼻がつんと痛い。  もらい泣きした美亜は、音を立てないようにそっと立ち上がる。投げ出された鞄からハンカチを取り出すために。   足を進めて5歩で床に落ちている鞄を拾い上げた美亜は、博に背を向け目頭を拭った後、ついでに鼻を押さえる。と、その時ーー 「なんだ!?どうしたんだ!!」  悲痛な博の声が部屋に響き渡った。  驚いて振り返った美亜は、思わず手に持っていた鞄を滑り落としてしまった。  泥人形だった正弘は、更に醜い姿に変化していた。  全身から黒い霧を吐き出し、人の形を保てなくなっている。目は泥で隠れ、辛うじて残った口は苦し気に呻き声を上げている。 「おい、正弘!しっかりしろ!!」  顔色を失った博は懸命に弟に呼びかけている。  けれど正弘にはその声が届いていないようで、ドロドロの状態でもがくばかり。 「ちょ、え?……な、なんで……どうして……」  1分も満たない時間で激変した状況に、美亜はどうしよう、どうしよう、と無意味な言葉を呟くことしかできなかった。
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