1コールで出る男=せっかちではなくヒーロー

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「お姉ちゃん、邪魔」 「……え」  まさか自分が標的にされるなんて、とんだとばっちりだ。  美亜はゆっくり近付いて来る偽物の政弘から、後退りしながら心の中で舌打ちする。  不幸にもここには鳥居は無い。あるのは泥人形の幽霊と、それを抱えるだけで精一杯の青年と、おぞましい化け物だけ。  あ、これ詰んだな。一周回って冷静に思う自分がいる。だが、もう一人の自分は、さっさと床にあるを手にしろと訴えている。 「お姉ちゃん、僕の邪魔しないでよ。今すぐ居なくなってよ」  感情が乗ってない声は、さびれた神社で聞く禍体と同じそれ。 「や、や……やだ。こないで……」  震える足がもつれて、豪快に転倒してしまった。また顎を打ってしまった。痛い。  でも痛いと感じるのは生きている証拠で、それがこのままでは感じなくなってしまうかもしれないという恐怖が美亜を襲う。  死にたくなんかない。生きたい。  生きとし生けるものが持つ当然の権利が胸の中で暴れた瞬間、美亜は無意識に床にある──床に投げ出されたスマホを手に取った。  這いつくばった状態のまま指紋認証でロックを解除して、一番上の通話履歴をタップする。1コールで繋がったその人に向け、美亜は思いの丈をぶつけた。 「課長、助けて!」 「わかった」  即答してくれたその声は、なぜか二つだった。 「ったく、寄り道しないで帰ることもできないのか?馬鹿者」  心底不機嫌な声は、すぐ傍で聞こえてきた。  見上げればスマホを片手にこちらを見下ろすスーツ姿の課長がいる。 「ここ、どうして」  ーーわかったんですか?どうやって来たんですか?  瞬きする間に現れた課長に聞きたいことがたくさんある。でもそれよりも、何よりも、伝えたいことがある。 「課長ぉー……ありがとうございますぅ」  彼が来てくれただけで、全身が弛緩する。ぶわっと洪水のように涙が溢れてとまらなかった。  そんな美亜に課長は視線を落としたが、すぐに前を向く。 「生身の人間に寄生していたか。どうりで気付けないわけだ」  やれやれと肩を竦めた課長は、トレードマークの銀縁眼鏡を外した。  指宿亮史が天狐の風葉に変化する。狭いワンルームマンションの一室が闇に覆われ、青白い狐火が辺りを照らす。 「人に害成す禍体め。逃げられると思うなよ」  風葉の手には愛刀【涅闇斬】が握られていた。
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