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若作りするババアと、救いようのないロリコン課長と、さらけ出されるコンプレックス
うどん屋を出れば昼時のオフィス街らしく、大通りはとても賑やかだった。
ついそちらに目を向けた美亜だが、課長は大通りではなく路地裏の奥へと歩き出す。
一体どこに行くんだろうと美亜が課長に尋ねようとしたその時、急に周囲の音が消えた。次いで本日は秋晴れのはずなのに、暗闇に包まれる。
「えっ、な......なになに」
怯える美亜に、課長は振り返ってこう言った。
「神路を敷いた」
「は?何を言って……はぁぁぁーーー!?」
中二病患者すら言わない台詞を耳にして、美亜は間抜けな声を出す。しかし次の瞬間、美亜は目を丸くした。
信じられないことに課長の頭にピンとした獣の耳が生えていたのだ。
「か、か......課長、み、み、み、耳が増えてます!」
「ああ、やっぱりお前見えるんだな」
ケモ耳をピコピコ揺らしながら表情を変えることなく、課長はふむと頷いた。まるで部下の報告を聞くように。
でもそれだけ。特にコメントを残すことはせず、くるりと美亜に背を向けると暗闇を歩き出した。
置いていかれたらたまったもんではない美亜は、慌てて後を追う。
振り返ってもくれない課長は一歩一歩、歩く度にその姿が変わっていく。
尻尾がにょきにょき生えて、スーツは平安貴族のような服装に。ゆらめく4つの尻尾にじゃれるかのように青白い小さな炎が暗闇を照らす。
「あの......課長」
「今、ハロウィンワードを口に出したら置いていくぞ」
「それは勘弁してくださいっ」
真顔で忠告を受けた美亜は、ひぃんと半泣きになりながら課長の尻尾をつかむ。
「おい、どこ触ってるんだ」
「だ、だって課長が置いていくって言うからっ」
死んでも離すもんかと、ぎゅーっと握る手に力を入れたら、課長はこれ以上無いほどしかめっ面をした。
しかし離せとは言わず、ただただ黙々と暗闇の中を歩き続けた。
青白い小さな灯火だけを頼りに。
***
課長の尻尾を命綱にしてしばらく歩けば、江戸時代に出てきそうな庵がぽっかりと闇に浮き出た。
辺りは、満開の花畑。ただし全部菊の花。縁起が悪い。微かに漂う香りが実家の仏間を思い出す。
だがそこが目的地のようで、課長の足は迷わず庵に向かった。尻尾が動けば美亜だって付いていくしかない。
ただ近くで見た菊畑は、お墓参りでよく見る品種の他に結婚式で見かけるポンポン菊もあって、ちょっとホッとする。
そんな冠婚葬祭が混ざった花畑の中央にある庵の扉を課長は、我が家のようにガラリと開けた。
「ババアいるか」
「おらん」
被せ気味に返答したのは、上り框で足をぶらぶらさせている美少女だった。課長同様に平安貴族みたいな衣装を身に付けている。
また美少女の口元を隠す扇も、ひな祭りのお雛様が持っているそれで、美亜の中で更にハロウィン感が増す。
などということよりも、課長はこの美少女に向かってババアと言ったことのほうが問題だ。だって美少女は、見たところ十代後半。彼女がババアなら自分は何だ?化石かコラ。
いやそれより何より、このイケメン課長……見た目とは裏腹に救い用の無いロリコンのようだ。
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