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「何が一緒だ。寄生していたの、間違いだろう。人の心の隙間に入り込んだ禍体め。こいつの弟になりすまして甘い汁を吸ってんじゃねえよ」
風葉は言うが早いか地を蹴ると、偽物の正弘を斬りつけた。しかし切っ先は僅かに逸れてしまった。
「危ないなぁ。お兄ちゃんが死んじゃうじゃん」
「ほざけ。死ぬのは、お前だけだ」
「だからぁー、僕はお兄ちゃんと一心同体だから……ーーえっ?」
人をコケにするような笑みを浮かべていた偽物の正弘の表情が一変した。
「どうして……どうして僕だけ?」
カクンと膝を付いた偽物の正弘は己の身に何が起こっているのか理解できていないようだ。無論、傍観者である美亜も全く理解できない。
でも風葉だけは、何をしたのかわかっている。
「斬れるのは禍体だけだと思ったか?馬鹿め」
驚愕する偽物の正弘に、風葉はニヤリと笑う。
「この太刀は人に害を成すもの全てを斬れるんだ。お前とお兄ちゃんを繋ぐものだって断ち切れる」
「嘘だ!」
「じゃあ何でお前だけ痛みを感じてる?」
「そんなのわからないじゃないか!お兄ちゃんが我慢してるだけかもしれないじゃん!お前、本気で人間を殺す気なのかよっ。もしそうなら、僕と同類じゃん。なら、僕の味方をしてよ!!」
噛みつくように叫んだ偽物の正弘ではなく、風葉は博に視線を向けた。
「おい、お前。弟の為に腕を無くす度胸はあるか?」
「え?……腕……まさか、腕ごと……」
「ああ。こんなことをやってても埒が明かない。どうせまたすぐに繋がるだろう。コイツを完全に消滅させて弟を救うには、それしか方法は無い。で、できるのか?できないのか?さっさと答えろ」
あまりに大きすぎる代償に美亜は、ちょっと待って異議申し立てをしたい。
けれども、博は迷うことは無かった。
「斬ってください。お願いします」
「お前、やるじゃないか」
意外な顔をした風葉は「いくぞ」と博に声を掛け涅闇斬を構える。
そして美亜が止める間もなく、風葉は無防備に差し出された腕に刃を下ろした。
やめて!と美亜は悲鳴を上げた。誰もが傷付かないように風葉に助けを求めたのに、どうしてこんな結果になってしまったのだろう。
他にやりようがなかったとはいえ、自分の判断が間違っていたことに美亜は己を強く責める。
「ごめん。ごめんなさい……ごめんなさい……ごめ……へ?」
うわ言のように謝罪の言葉を紡いでいた美亜だが、ここで間抜けな声を上げてしまった。
博の腕は切り落とされてなかった。それどころか血の一滴も流れてなかった。ただ多少の衝撃は受けたのか、傷がある方の腕をだらりと下げて呻いている。
反対に偽物の正弘は膝を付いたまま呆然としている。目は虚ろで、小さな身体からは光の粒子が溢れている。
「お兄ちゃん……ひどいよ」
禍体は消滅する瞬間まで博の心を抉ろうとする。それは人の言う”溺れる者は藁をもつかむ”という心情なのだろうか。
美亜にはわからない。おそらく天狐である風葉もわからないだろう。いや、彼はきっとわかろうともしていない。
その証拠に、風葉は冷たい双眸でゆっくりと禍体に近付いていく。
「行き場を無くした禍体よ、涅闇斬が光へと導こうーー寂滅せよ」
たとえ人の姿をしていても、風葉は一欠けらの情を見せることなく偽物の正弘を一閃した。
どんな禍体であっても消える時はどれも一緒。光の粒子となって、煙草の煙のようにユラリユラリと天へと吸い込まれていく。
「お兄ちゃん」
暗闇を照らすのが狐火だけになったと同時に、朗らかな声が聞こえた。
泥人形だった正弘は、本来の姿を取り戻していた。
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