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本来の姿になった正弘は、偽物と同様にパジャマ姿だったけれど、ほんの少しだけ大人びている。
「正弘……ごめんな」
謝罪の言葉を呟いた博は、弾かれたように立ち上がると、傷跡がある左腕をだらりと下げたまま片腕で弟を抱きしめた。
「お兄ちゃん、痛い?大丈夫?」
抱きしめられながら正弘は、そっと博の左腕をさする。
「大丈夫、痛くなんかないさ。それより……ごめんな。辛かっただろう?」
「ううん。お兄ちゃんがずっと傍にいてくれたから、僕ぜんぜん平気だったよ」
「そうか。正弘は強い子だな」
「うん」
博に褒められた正弘は、嬉しそうに大きく頷いた。そんな彼の身体は、もう半透明だ。
「お兄ちゃん、あのね」
「うん、どうした?」
「言い忘れてたことがあるんだ。聞いてくれる?」
「もちろんさ」
博はここで一旦腕を緩めると膝を付いた。正弘と目を合わせる為に。
「あのね僕、お兄ちゃんの弟で良かった!」
「……っ」
「お兄ちゃん、僕のお兄ちゃんになってくれてありがとう」
正弘は照れ臭いのか、言い終えたと同時にぎゅっと博の首にしがみ付いた。
「あとね、パパとママが言ってた。俺達はお兄ちゃんに甘えてばかりいるって。……あのね、パパは今でもお兄ちゃんと僕の写真を大事に持ってるよ。ママもお兄ちゃんがいない時に色んなところに電話をしてる。お仕事させてくださいって」
「そ……そうなのか……」
「うん!僕ね、パパのこともママのことも、お兄ちゃんのことも、ずっとずっと見てたもん」
「そうか……正弘は偉いな。お兄ちゃんより大人だな」
「へへっ」
すりすりと博の首筋に頬を寄せた正弘は、まだまだ伝えたいことがあったのだろう。
でもそれを飲み込み、最後に強く博を抱きしめてから、身体を離した。
「お兄ちゃん、僕もう逝くね」
「……ああ」
「ねぇ……お兄ちゃんは、僕が弟で良かった?」
「もちろんだ」
間髪入れずに答えた博の目から涙が溢れる。でも口元は柔らかい弧を描いている。
笑ってほしい。それが正弘の最後のお願いだったから。
「お兄ちゃん、バイバイ」
一歩大きく後退した正弘は、最高に可愛い笑みを浮かべた。
小さな身体が淡い光を放ちながら、さらさらと闇に溶けていく。ただ消える直前、正弘は美亜と風葉を見た。
「お姉さん、おじさん、ありがとう」
ポロポロ涙を流していた美亜は、すかさず正弘に手を振る。おじさんと呼ばれた風葉は、これ以上無いほどしかめっ面で小さく頷いた。
その後、瞬きする間に目の前の光景が変わった。
時間が巻き戻ったかのように事故物件のワンルームでしゃがみ込む美亜の前には、博とスーツ姿に戻った課長と……なぜか東野がいた。
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