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 光希に苦笑いされた健吾は紙ナフキンで手を拭き、光希の二の腕あたりを軽くたたいた。 「気にすることなかったわ。この店までくるとき、お前ら2人が並んで歩いて話してただろ。相沢の表情にいつものうさん臭さがなかったからな」  雪人が健吾の肩を抱く。 「健吾、お前の言ってること、友人が変な女に捕まったんじゃないか、でも、その女は意外にまともだったって言ってるみたいに聞こえるぞ。まるで2人が恋愛関係にあるみたいな」  4人の席に、ゴボッという不思議な音が響いた。雪人と健吾と光希が周りを見回す。大雅が胸元を左手で作った拳で叩いていた。隣に座る光希が大雅の背中を撫で、正面に座る雪人がアイスコーヒーの入ったカップを大雅に差し出す。  大雅はアイスコーヒーを勢いよく飲み、咀嚼し終える前に喉に流れたハンバーガーを食道へと押し流した。同時に、雪人の「恋愛関係」という言葉で思い出した、光希にされた頬へのキスや、されそうになった口へのキスも頭から押し出した。 「ああ、落ち着いた。光希、もう大丈夫だ」  そう言うと、光希は大雅の背中から手を離した。  斜め前に座る健吾が黒縁眼鏡を手の甲で上げて、口元をゆがませている。 「雪人、言い方。でも、まあ、俺にしたら、恋に不慣れなヤツが慣れたヤツに乗せられて、絆されてるんじゃないかって心配する気持ちには近かったかもな」  大雅はアイスコーヒーを飲み、ため息をついた。 「光希とはそういうんじゃねえって」  雪人と健吾は、わかってると言いたげに手をひらひらとさせている。  遠慮がちな咳払いが響いた。周りを見ると、パソコンに向かって難しい顔をしているサラリーマンが口元に拳をあてていた。  光希がポテトフライを口に入れる。 「あのさ、噂では耳にしてるけど、大雅くんって本当に彼女いたことないの。けっこうモテるらしいことも聞くんだけど」  心なしか光希の声が小さい。さっきのサラリーマンに遠慮しているのかもしれない。  ハンバーガーもポテトフライも食べ終えた健吾が紙ナフキンで手を拭き、少しだけ前かがみになる。 「彼女いない歴、年齢だ。俺が知ってる限り、高校に入って2人の女子から告白されてる。でも、同じセリフで断って、逆に告白してきた女子に引かれてるらしいぞ」  健吾の声もボリュームが抑えられていた。が、ギャッという叫び声が響いた。声を出した健吾本人が口元を抑えようとするけれど、光希の両手が健吾の両頬をはさんでいるので、口へ手がいかないようだ。代わりに健吾は唇をしっかり閉じた。光希の手が健吾の顔を自分へ引き寄せる。 「大雅くんは何て言ったの。噂は回ってた気がするけど、しっかり聞いてないし。教えてよ」  健吾を見つめる光希の腕を大雅がつかみ、健吾の頬から離させる。同時に、雪人が健吾の肩をもって後ろへ引かせた。光希が大雅の顔を見てバツの悪そうな顔をする。 「あ、大雅くんに聞けばいいのにね。健吾くん、ごめんね」  光希が両手を顔の前で合わせて、健吾に向かって頭を下げている。雪人が健吾の頭を撫でて、返事を促した。長めに息を吐いた健吾が苦笑いする。 「いいよ。相沢って、大雅といると、大雅の話になると、かな。おもしろいな」  健吾は黒縁眼鏡の奥にある目を細めて、ウーロン茶をストローですすった。 「で、大雅、自分の話なんだから、自分で話せよ」  健吾に斜め前から上目遣いに見られ、正面からは腕を組んだ雪人が片方の口角をあげておもしろそうに見てきている。チラッと横にいる光希を見ると、作っていない自然な輝きを目から放っていた。
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