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 大雅にとっては、これまでに何度も「女子の気持ちがわかってない」と言われた話だから、周りに聞こえる声で話すのは少しだが気が引ける。大雅は座り直して、テーブルに両肘をつき前傾姿勢になった。 ◇◇◇◇◇  今年のバレンタインデーの日のことだった。大雅は、放課後、柔道部の練習に行くのに通りがかった体育館の裏で隣のクラスの女子に呼び止められた。  向かい合って立った彼女がゴールドのリボンがかかったブラウンの小さな箱を両手で差し出してきた。 「好きです。チョコレート受け取ってください」  声を震わせる彼女は箱を差し出す両腕に顔をうずめていた。大雅が頭をかきながら礼を言って箱を受け取り、それを見つめていると、彼女が勢いよく顔を上げた。 「付き合ってくれるの。嬉しい」  先ほどとは打って変わってハリのある声を出した彼女に、大雅は目を丸くして、大きな体を後ろへ引いた。 「え。付き合うとは言ってないぞ」  今度は彼女が目を丸くする番だったようだ。 「あ、チョコレートを受け取ってくれたから、早とちりしちゃった」  自分のこめかみあたりをかきながら、彼女は恥ずかしそうに笑った。冷たい風が体にまとわりついてきた。大雅は灰色の雲が広がる空を見た。 「ところで、話した覚えがないんだけど。俺のどこが好きなわけ?」  目線を下ろして、自分の肩あたりの高さにある彼女の顔を見る。夕焼けのせいか、彼女の顔が赤く見えた。 「部活に一生懸命なとことか、友だちとじゃれあってるとことか、あと体格が良くて守ってくれそうなとことか」  大雅は眉間にしわを寄せて、首をかしげた。 「それって俺じゃなくてもよくね。いや、俺以外でも当てはまるだろ。それに守られる前提って、よくわかんねえな」  彼女が挙げた好きな理由が理解できない。口調がきつくならないように努めたが、彼女にどう聞こえただろうか。 「あー、文句を言いたいんじゃねえんだ。俺のことが好きって言いながら俺じゃなくても良いようなこと言うからさ。俺、好きって、よくわかんねえからさ。だから、聞いてみたんだわ。ちょっとは理解できるかなって。でも、やっぱりわからん」  黙って大雅の言葉を聞いていた彼女は唇をかみしめていた。大雅は心が痛んだが、彼女の手をとり、自分が持っていたブラウンの箱をそれに乗せた。 「気持ちは嬉しいけど、君のこと好きって思えないから付き合うとかはできねえわ」  彼女は手に乗せられたブラウンの箱を見つめていた。 「付き合ったら、好きになるかもしれないのに。それに、好きって気持ちは理屈じゃないよ。心で感じるものなの」  大雅は彼女を頭の先から足の先まで文字通りまじまじと見つめた。顔は整っていてかわいらしい方だろう。自分の体ですっぽり包み込めそうな体型だ。でも、大雅の気持ちは動かなかった。 「なら、好きって気持ちを感じてから、そう感じた相手と付き合うわ。君はない」  彼女は目を潤ませ、唇を嚙んでいた。 「ハッキリ言うのね。オブラートに包んでくれたっていいじゃない。傷つく。それに噂は本当だったんだね。好きって思えないから付き合えないって必ず断る』って有名だよ」  彼女の前に告白されたのは1人だけだ。それで有名な噂にされてしまうなんて、女子っていう生き物はよくわからない。理解しようと思えない。  ハッキリ言って何が悪いのか、よくわからない。男同士で話していたら、裏表がなくて付き合いやすいと言われている。やっぱり女子ってわからない。  大雅は心の中で大きなため息をついた。 ◇◇◇◇◇
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