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 先週まで感じていた春は鳴りを潜めている。寒の戻りというらしい。  大雅の心も気候に合うように冷えていた。学年末テストの期間中、テスト前日まで活動が許されていた部活動は全て休みになり、気持ちよく体を動かせていないせいかもしれない。  3限の終わりを告げるチャイムが鳴った。  大雅は両手を上にあげて後ろに反り返った。背中を軽くたたかれる。振り向くと、後ろから回ってきた答案用紙を渡される。それを受け取って、前の席の女子の肩をたたき、答案用紙を渡す。担任の教師が一番前の席を順に回り、集まった答案用紙を回収していく。  教師が教壇に戻り、ショートホームルームを始めた。 「はい。学年末テストは明日が最終日だ。最後まで気を抜くなよ」  教師が教室の扉を開けると同時に、生徒たちが椅子をひいて立ち上がる音がいくつも重なる。周りの席のクラスメイトがいなくなったのを確認して大雅も立ち上がる。体格の良い大雅は近くの生徒と同時に立つと、思うように身動きが取れなくてもどかしい思いをするので、いつも時間差を心がけている。  教室の扉の前まで来たとき、タイミングよく健吾と雪人も合流する。先に立った雪人が扉の上の桟に手をかけて顔を後ろに向けた。 「今日も昼メシ食って帰るだろ」  雪人は流れるように廊下へ出る。そのすぐ後ろを健吾が行き、同じように後ろを振り返り、見上げてくる。 「俺はいいよ。大雅は相沢とこ行くか。毎日、熱烈なメッセージきてんだろ」  大雅は健吾の頭を平手で滑るようにたたいた。 「なんだよ、熱烈って。まあ、光希のメッセージはマメを通り越してしつこいな」  仲良くしようって言われてから、光希は昼休みにしょっちゅう3組に来たり、大雅の部活が終わるのを待っていたりする。テスト期間に入ってから会う機会が減ったものの、光希から毎日のようにメッセージが送られてくる。そのことを思い返して、大雅はため息が出た。  先に廊下へ出て待っていた雪人がニヤついている。大雅が首をかしげて、表情の理由を問うと、あごで廊下の先を示した。その示した方にあるものに先に気づいたのは健吾だった。 「あ、相沢。まっすぐにこっち来るぞ」  大雅もそちらへ顔を向けて、小走りしてくる光希を目にする。  周りから話しかけている女子に作った笑顔を向けて手を振り、光希の腕をつかむ女子には足を止めて無理やり上げた口角をさらに上げ、女子の手に触れてそっと腕から離させた。すぐにこちらへ走り出した。  雪人と健吾が大雅から少し離れて窓際に寄った。不思議に思って2人の方へ顔を向けたとき、光希に飛びつかれた。大雅の首に光希の腕が絡まっている。 「やっと会えたぁ。テスト期間入ってから初だよね。ホームルーム終わって3組来たら、大雅くんは帰ってるしさ。なんで、帰り、迎えに来てくれないんだよ。友だちだろ。部活休みだろ」  首元で話す光希は駄々っ子のようだ。廊下にいる生徒たちが好奇の視線を向けてきているのを感じる。大雅は顔をしかめて首から光希の腕を外した。 「お前な、距離が近すぎんだよ。パーソナルスペース、ゼロか」  光希は大雅より少し低い位置にある頭を横に傾ける。あごに人差し指をあてているのは計算だろうか。 「うーん、大雅くんにだけ、ゼロかな」  離れていた健吾が近づいて光希の肩に手を置いた。 「いやいや、たくさん不純異性交遊の噂あるヤツが大雅にだけってないだろ」  光希が目を大きくして健吾を振り返る。 「自ら近づいた場合のパーソナルスペースだよ。大雅くん以外はあっちから寄ってくるの」  健吾は光希を軽蔑しているのか、真意を見極めようとしているのか、目を細くしている。パンパンっと手を叩く音が聞こえた。雪人がたたいたようだ。 「はいはい。俺たち、これから昼メシ食いに行くんだよ。良かったら、相沢も行こ」  光希の目が健吾の頭を通り越して雪人へと注がれた。 「いいの。やったね。畠田雪人くんだっけ。良い人だね」  息を吐くように表情を緩めた光希が、わざとらしく健吾を上から見下ろすような目つきをした。 「小崎健吾くんもよろしくね」  光希に腕を絡められた大雅は、ため息とともにゆっくりと光希の手を腕から離した。
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