第一話 シルエット

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第一話 シルエット

朝日が昇る時間に合わせて。 今朝は強い風が吹いている。 髪を靡かせる風は温かく、波の音が近づいてくる。 靴を脱いで大地を感じながら誰もいない海岸線を歩いていく。 まだ辺りはほんのりと明るく、遠くのものはシルエットでその造形を映し出す。 いつもとは違う何かが、波を遮るようにそこに横たわっていた。 目を凝らして見ると、それが人であるとわかるのにそう時間はかからなかった。 「もし?大丈夫ですか?」 声をかけてみるが応答はない。 「もしもし?大丈夫ですか?」 今度は強く肩の部分に手を当て揺さぶりながら大きな声で話しかけてみた。 「ん、、」 顔を顰める様子が伺えた。 「息は、してるみたいね」 頭や顔に傷はなさそうだ。 「起きれそうですか?」 うつ伏せになったまま、手と足を動かして、ゆっくりとその男は立ち上がった。 「大丈夫ですか?」 立ち上がると、自分より頭二つ分は背が高い。 朝日が男の顔を明るく照らすと、男は眩しそうにしながら 「大丈夫、、ではなさそうです」 と、まじめに答えてきた。 「ずぶ濡れですね、とにかく、着替えた方が、、家は近いんですか?」 首に巻いていたタオルを男に差し出すと、男は申し訳なさそうに受け取りながら 「家、、、あれ??ここはどこですか?」 ここがどこかを伝えても、男はさっぱりわからないといった様子で 「僕は、、誰なんでしょう」 ずぶ濡れの背の高いその男は、自分の中に問うように呟いていた。 記憶が一時的になくなっているのか、靴も履いていない。何かがあったことには間違いなさそうだが、とにかく今は濡れた身体を拭いて、着替えた方がよいと判断し 「あの、、とにかく、着替えないと風邪ひきますよ」 そう言って、海のそばにある自分の家まで男を連れていくことにした。 「ちょっと待っててくださいね」 男を玄関に立たせると、バスルームまでバスタオルをありったけ敷き詰め、 「靴下のままでいから、このバスタオルの上をそっと歩いて、バスルームの中まで入っちゃって下さい」 男は言われるがまま、素直にそれにしたがった。 バスルームの扉を閉めて、外から 「シャワーの使い方は分かりますか?」 「はい」 「中で服脱いじゃっていいので、まずは砂を落として綺麗にしてください、シャンプーとかも使ってもらって大丈夫です」 「あ、はい」 暫くすると、シャワーの音が聞こえてきた。 「着替え、、あったかな?」 バスタオルと着替えを用意すると、玄関からバスルームまで敷き詰めたバスタオルを回収する。 「何やってんだろ、、私」 「でも、あのまま放って置く訳にはねぇ」 自分に言い聞かせるように呟くと、ヤカンを火にかける。 テーブルに紅茶のポットと蜂蜜が揃う頃、男はバスルームから出てきた。 「あの、ありがとうございます」 振り返ると、あきらかに服のサイズがちぐはぐな男が立っていた。 「あ、なんとか着られた?よかった、ごめんなさい、大きめの服はそれしかなくて」 「いえ、こちらこそデカくてすみません」 「髪が濡れてるわ、ドライヤー使って」 「いえ、タオルで大丈夫です」 「でも風邪引かれたら困るから」 「あ、この香りはアップルティーですか?」 「ええ、そうよ、飲みますか?」 「いただきます」 男が紅茶を飲んでいる間に、バスルームに脱ぎ捨てられた服の砂を洗い流し洗濯機を回す。 服のポケットには何も入っていなかった。 NEXT 第二話 ドメスティック
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