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過去の清算
SHRが終わった後、シオリは文芸部のみんなに、「野暮用すませてから落ち合う」と連絡を入れた。
野暮用、と言うのはシオリの過去にある苦い思い出の清算だ。
前髪を撫でながら、通るはずのある人を昇降口で待ち伏せた。
目的の人は存外すぐに現れた。友達と外で写真を撮るらしく、グループの後ろを歩いている。
その人が昇降口に残ったタイミングで、シオリは目的の人――立川ヒメノ――を呼び止めた。
「タテカワさん」
シオリはかつて「ヒメノちゃん」と呼んでいたが、今では名字を呼ぶだけでも嫌な気持ちになる。
呼び止められた、立川は「シオリちゃん?」と不思議そうに首を傾げた。
その動作すら、シオリを苛立てるものだとは気づかないような顔で。
立川は、男子の庇護欲をかき立てるような容姿、行動――腰まで伸びた黒髪、低い背、上目遣いであまり多くを喋らない――をするような女子であった。
それ故、小学生の頃から周りの男子のほとんどが心を奪われていた。
それだけでない。一部の女子ですら、立川の甘い毒牙にかかり、「かわいい、かわいい」ともてはやしていた。
シオリもそのうちの一人だった。
そして、あれは小学校の卒業式のことだった。
立川と一番仲の良かったシオリは「中学に行っても、一緒にいようね」なんて約束したのだ。
シオリは疑わなかった、例え母親に「騙されている。立川は私立中学へいくのだ、ヒメノの姉がそうであったように」と言われても信じなかった。
立川と同じ中学へ行き、そのまま大人になっていくのだと、シオリは立川を親友だと、思っていた。
そして、入学式の日。張り出された名簿に、立川の名前は無かった。
「ねぇ、どうして、嘘ついたの? 親友じゃなかったの?」
シオリはずっと知りたかった。
どうして、自分が裏切られたのか、最初から親友ではなかったのか、知りたかった。
そして、偶然にも高校で再会した。
しかし、シオリは、また裏切られるのではという恐怖から、3年間、立川を避け続けてきた。
立川は相変わらず、きょとんとした顔でシオリを見つめている。
何のことか分からないと言った装いにシオリは苛立つ。
「小学校卒業の日。……この先も、一緒だって約束した。同じ中学に行くしね、って話したのに、タテカワさんは……、何にも否定しなかったじゃない」
「……だって、お母さんが、言うなって~」
「それでも、私には言ってくれても良かったじゃん!」
「でも~、お母さんが、シオリちゃんも、ダメだって」
立川の人を馬鹿にするような答え方にシオリの中で何かが崩れた。
それは小学校の卒業からずっと、忘れたくても、壊したくても、どうすることもできなかった、立川への期待。
「……私が馬鹿だった。自分の意思ないの? 何でもかんでも、母親の言いなりで楽しい?」
立川はまた首を傾げて、何も言わない。
こう言うズルい所が、ずっと引っかかってた。
私は騙されたんじゃない。優柔不断で親の敷いたレールの上しか進めない、かわいそうな奴を信じてしまっただけ。そうシオリは自分に新たな呪いを掛けた。
――もう、自分に非があったかも、なんて振り返らない。
「さよなら」
シオリは昇降口を後にした。
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