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腐れ縁の限界
最後のSHR、記念撮影。
全てがミキリの気持ちを置き去りにしたまま、過ぎてしまった。
ミキリにとって、クラスで話せる人がいない、その事実は最後まで変わらなかった。
合わない話に合わせて、繕える程、ミキリは大人ではなかったのだ。
そして、彼女の目下の心配事は文芸部の仲間と落ち合うまで、時間を潰すことだった。
自分以外の生徒には用事があって、取り残された自分は何なんだろうと、ミキリは卒業式の哀愁に飲まれていた。
「ミミちゃん!」
当てもなく、ぶらぶらと廊下を歩いていたミキリの手をミミが掴んだ。
ミキリは強ばっていた顔を崩して、ミミに微笑んだ。
「早いね、今、探そかなって思ってた」
「まだ、シオリちゃんとスミちゃんは見かけてないんだ」
「スミちゃんなら、さっき見かけた……、男子に連れられてたから多分、告白」
「え! じゃあ、後で話聞かなきゃー」
ミミは自分のことのように、うふふと楽しそうに笑った。
2人が携帯を確認すると、シオリから「ちょっと、野暮用すませてから落ち合う!」と連絡が入っていた。
どこもかしこも卒業ムードで、気をつけていないと、誰かの写真に写り込んでしまう。
「3階の渡り廊下で待とっか」
青空の下、写真撮影にはげむ何人かの同級生を避けて、渡り廊下の隅に並んで座った。3階の渡り廊下は屋外屋根なしだ。
それ故、少し冷たい風が吹いているが、太陽が出ているので、寒さは感じない。
「なーんかさ、ミキリちゃんと離れるなんて、考えられない……」
「ほんとうにね、ずっと一緒だったし」
「中学もさ、高校もさ、部活でもさ……、どこに行っても隣にはミキリちゃんがいたのが当たり前でさ……」
普段、あっけらかんとしているミミの涙に、ミキリもそっとハンカチで目尻を拭う。
鼻をすすって、ミキリがミミに続く。
「小学校の頃も、本の趣味が合って、よく喋ってたよね」
「中高、一度も同じクラスにはなれなかったけどねー。……寂しいなぁ」
ミミとミキリは文芸部の部長と編集長だった。
明るくて、適当な所が愛されるミミ。
卑屈で仕事を抱え込みすぎるミキリ。
適当にやって上手くいかないときや、細やかでないと駄目な仕事はミキリが手伝った。
言えないだけで、人一倍寂しがり屋で心配性のミキリをミミが支えた。
2人は正反対に見えるけど、本が好きで根が優しくて真面目という共通点がある。だから、ここまで離れず、疎遠にならなかった。
しかし、それもここまでなのだ。
2人の間を流れる穏やかな沈黙はミミが破った。
「最後だから、言うけどね。わたし、ミキリちゃんの臆病なとこ、ちょっと勿体ないなんて思ってた。折角、仕事できるいい人なのに、コミュ力の低さでたまに困ってたでしょ」
ミミはミキリに、ずいっと顔を近づけた。
雲がゆっくりと流れていき、渡り廊下の人気は少なくなっていく。
ミキリの表情は瞬く間にくしゃりと歪んだ。
きゅっと引き結ばれていた桃色の唇が開く。
「そだね。……こんなこと言うと、怒られるかもだけどさ、……ミミちゃん、私のこと見てないと思ってた。
どこかで、私は、ミミちゃんにとって、面倒くさいお荷物なん、じゃ……ないか、って思って、た」
ミキリの目から涙が止まらない。大粒の涙をハンカチに染みこませて、ミキリは嗚咽を漏らす。
ミミはミキリの背を撫でて、目に涙を浮かべる。
「ごめんね……。ミミちゃんは、私の欲しいもの、全部、持ってるから。勝手に引け目感じちゃって……」
「だいじょうぶ。私だって、ミキリちゃんが羨ましいんだよ」
「え?」
ミキリが目を大きく見開き、ぽたりと地面に涙が落ちた。
「うちのお母さんにね、『ミキリちゃんは賢くて、ちゃんとやるべきことやってるのよ、見習いなさい』っていつも言われてた。
私自身だって、そう思ってる。私は努力とか苦手で続かないし、途中で適当にやってしまう。
部活だって、ミキリちゃんがいなかったら成り立たなかったんだよ」
太陽に雲がかかり、周囲が灰色になる。
そうして、また太陽が顔を出すと、明るく色彩豊かな世界が戻ってくる。
ミキリもミミも言葉には出さなかったが、「離れたくない」と思っていた。
「ミミちゃん、絶対に、またみんなで会おうよ。どんなに遠く離れても、絶対に地球の上にはいるんだから、同じ空を見れるんだから」
「うふふ。……そーだね。ぜったいぜったい会おう! 約束」
指切りをしたその時――ミキリが気配に顔を向けると、シオリとスミが手を振りながら2人に近づいてきた。
すっきりしたような顔で走ってくるシオリの後ろを、まだ熱を帯びる頬に手を当てるスミがついて行く。
ミキリとミミは立ち上がって、2人に近づいていった――
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