偽典 胡蝶の夢

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 平凡な生涯を送って来た。何もドラマチックなことなど起こらず、これからもその望みは限りなく薄い。そう思っていた。  小高い山の上にある、細い街道沿いの小さな茶屋。代々その近くで生まれ、育って来た。私もその内子孫を残し、やがてこの世を去るのだろう。  茶屋の女将に何とはなしに恋心を抱いてはいたが、姿かたちも違えば寿命も違う。蝶と人間。叶うことのない恋である。  ある日の昼、茶屋に、一人の若い人間の男が訪れ、茶を飲み、茶屋の縁側に座ったまま昼寝を始めた。  なんということもない光景。しかし、何故だろうか。その人間を見ていると、不思議と眠気が襲うのだ。今まで昼に眠ったことなどなかったのに。  私はその人間の頭に羽を休め、まどろみ始めた。  ――――。
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