カナリアのように

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「なあ、レン」 「ん?」  今日も俺は、君の腕の中で目覚める。一週間前から、俺とレンは一緒に住んでいた。 「なあ、レン。俺たち、付き合ってるんだよな?」  改めて名前を呼んで、間近に視線を合わせる。バレンタインデーに、俺がレンに薔薇を一輪贈ったのがきっかけだった。  互いの気持ちを確かめて、そっと触れるだけのキスをして。そして一週間前から、一緒に住み始めた。  今日は二人の休暇が重なる日だったから、正直、覚悟してた。だけど君はやっぱり触れるだけのキスをして、おやすみと言って眠りについた。 「ああ。付き合ってるぞ」  ひょうひょうと、何を考えているのか分からない口調で返される。 「本当に?」 「ああ」 「……女で処理してるから、俺の身体には興味がない?」  思わず、本心が口をつく。こんな風に、詰問するはずではなかった。やんわりと誘おうと思っていたのに、思い通りにならないイライラが溜まっていたらしい。 「あっ、いや。つまり」  びっくり眼で俺を見る君に、焦って意味をなさない言葉が漏れる。 「良いのか?」 「えっ」  大きな掌が、俺の後れ毛を撫でる。 「俺は……恋をしたことがなかった。だから、生まれて初めてお前に惚れて、正直、どうしたら良いか分からないんだ」  言葉通り、途方に暮れたような声音で話す。 「それに、俺は汚れてる」 「レンは、汚れてなんかない」 「綺麗なお前を汚しちまうのが、恐いんだ」  俺は、少しかさついた君の下唇をそっと食む。手首を取って、パジャマ越しの心臓に当ててみせた。 「聞こえる?」 「……ああ。ドキドキいってるな」  今度は君が俺の手を取って、素肌の左胸に当てる。意外だった。そこは俺よりも早く、鼓動を刻んでいた。 「レンも、俺に興奮してる?」 「ああ」 「でも俺は、抱けない?」 「……分からねぇ。お前が好きだ。だけど、お前を汚したくない」  いつもは自信満々に光る瞳が、不安そうに揺れるのを見て、俺は少し笑った。まるで君が、赤ん坊のように戸惑っているのが可愛くて。 「じゃあ、まずは俺に甘えてみろよ。おいで」  俺はレンのくせ毛が降りかかる項に手をかけ、引き寄せる。君は俺の胸板に鼻を埋め、少しあって頬をすり付けた。くすぐったい。 「んっ」  布越しに口付けられ、上擦った声が出てしまう。君に与えられる悦びに、ざわざわと心が騒いだ。 「馬鹿」 「え?」 「変な声出すな。我慢がきかなくなる」  ひとつ、こくりと息を飲んで、俺はレンの頭をかき抱いた。 「だから。我慢しなくて良いんだって。俺も望んでるんだから。……ンッ!?」  一瞬の静のあと、激しくレンが動いた。俺の後頭部をホールドして、下から乱暴に唇を奪う。今までしたことのない、深い口付けだった。  何もかもが初めての俺は、嵐の中の木の葉のように翻弄されるしかない。  だけど頭では何処か冷静で、レンの長い指が、器用にパジャマのボタンを外していくのが分かった。 「好きだ。シュンスケ」  見たこともない情熱を秘めた瞳の中に、俺が逆さまに映ってる。俺は覚悟を決めて、君の広い背に腕を回した。 「俺も、愛してる。レン」  恋を知ったカナリアが歌うように、俺は、少しずつ君色に染められていった。 End.
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