第2話「白猫を連れて来た天使アリス」

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第2話「白猫を連れて来た天使アリス」

「箱庭」それは、天国でも地獄でもない場所。 天国にも地獄にも行けない魂がやってくる。 神に管理を託された天使たちが、この場所を管理している。 古代天使アリスは、本日死を迎えた白猫の魂「コハク」を抱えて箱庭に帰ってきた。 アリスのが門をくぐった時、巨大な人影に阻まれた。 「まさか古代天使であろう者が、獣の魂を連れてくるとは思わなかったよ。そんな命令した覚えはないんだが」 アリスの主である神はアリスを見て嘲笑した。 アリスは表情のない顔で跪き、抑揚のない機械的な声で言った。 「どうか、お見逃しを」 「どこぞのニンゲンの次は獣に憐れみか?箱庭は託児所じゃないんだが」 「申し訳ございません。どうか、ご慈悲を」 「もう私の血はやらん。お前の血で魂の器を作るがよい。できればの話だが」 アリスは息をのんだ。 「そのようなこと、よいのですか?」 「天使の力では器の生成は無理だ。諦めてその魂を天国なりに捨ててこい」 「どうか、お見逃しを」 主は興味なさそうな表情で踵を返す。 アリスはほっと息をついて処置室と書かれた、離れの小屋に入った。 アリスはため息をついた。 正直に言えば、アリスが”白猫”を拾ったのは、主人を失ったことに対する憐憫の情だけとは言い難い。 長い年月当たり前のように繰り返してきたものに、変化を欲してしまった。 “天使”の行動は全て神によって決められている。 いや、天使だけではない。 この箱庭、世界のすべて、神でさえ何かの法則で縛られている気がしている。 古代天使として長年生きてきたアリスはその窮屈さに心が擦り減っていた。 「すべて私の責任で行うことだ」 アリスは、木の台の上に書かれている陣の上に自らの腕をナイフで割いて血を垂らした。 「コハク…私の血ゆえ、大きな肉体にしてやれない。だが、器は必ず作る」 天使は血に祈りをささげた。 *** 電子音が鳴り響く。 ピッピっと電子音がベッドに寝かされ、管を繋がれている猫耳の生えた橙髪の少年の脈を計測している。 アリスの後ろには、アリスの主である神が腕組みをしていた。 「獣の魂でも、ヒトの魂のように箱庭の肉体と融合出来ました。新たなデータですね」 「あぁ。珍しいことだな。それは認めよう」 主はため息をついた。 「だが、天使たる者が器の生成に成功した事例はない。このことは他言無用だ。 貴様ら天使は神に従順であれ。知恵の実を食った者らのような小賢しいことを考えてはならない」 「御意」 「これからも変わらず、我が愛しい天使で居てほしい」 これは警告なのだろう。 アリスは目を伏せて跪いた。 「仰せのままに」 主は満足そうに頷いた。 「それでいい。愛してるよ、天使アリス」 何万回も言われてきた言葉と共に神はアリスの手の甲にキスをした。 アリスの薄暗い感情は心の奥深くに沈澱する。 身体が重い。 いつまで私は天使として貴方のために飛べるのだろうか? 「ぅ……?羽の生えた生き物?」 背後から聞こえた白猫の間抜けた声でアリスは現実に戻された。 「白猫が起きたようだな。では、私は行く」 「御意」 主が消えたのを確認して、アリスはカルテを机に置いて、白猫に向き直った。 「箱庭へようこそ。私は古代天使アリス。君の新たな名はコハクだ、よろしく」 アリスの差し出した手をコハクの小さな手が握った。 「よろしくな。アリス。吾輩はご主人のこと、ニンゲンのこと、もっと分かるようになりたい」 「あぁ、君ならきっと分かるよ。この学園で学びなさい」 「ありがと!羽根の生えた生き物は優しいな!」 コハクはアリスの手首に白い尻尾を絡ませて屈託ない笑みを浮かべた。 彼の笑顔にアリスの心は穏やかになった。 (続く)
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