第1話「吾輩は猫なのである!」

1/1
前へ
/2ページ
次へ

第1話「吾輩は猫なのである!」

吾輩は猫なのである。 名前はハク。 毛並みが白いからハクなんだだとご主人は言っていた。 聞こえるだろうか、この滑らかな旋律が。 吾輩のご主人は朝が来るといつもピアノを弾く。 ご主人は、とても心地よい音色を奏でるのだ。 吾輩はピアノの音が聞こえると階段を登って2階に行った。 「ンナぁ」 甘えた声で吾輩が話しかけてもご主人はピアノをやめようとしない。 吾輩よりもピアノが大事なのはわかるが、構ってくれないと寂しいぞ! 吾輩が前足を上げて主人の膝に乗ろうとすると、主人は笑いながら手をあけてくれた。 「おいで、ハク」 手招きと共に吾輩は特等席である主人の膝の上に乗って丸くなった。 主人のピアノを聴きながら膝の上でうたた寝をするのが吾輩のうららかな朝の日課だ。 ある日の昼のことであった。 昼だというのに珍しくピアノが聞こえたので吾輩は二階に行った。 吾輩が、ご主人の部屋の前につく頃、その旋律は途絶えた。 部屋の窓が空いて、そよそよとカーテンが揺れている。 ご主人はどこに行ったのだろう。 それより今日もいい天気じゃ。 吾輩は丸くなって昼寝をしようとしたとき、外でママさんの悲鳴が上がった。 「きゃああああ!」 吾輩の白い毛はブワッと逆立った。 どうしたのか。 吾輩は声のする方に行った。 しゃがみ込むママさんの隣を過ぎて庭を見ると、ご主人がうつ伏せて寝ていた。 いたいた、こんなところにいたのか、ご主人。 「んなぁー」 吾輩は高い声で鳴いてご主人の元へ向かい、主人の横で丸くなった。 今日も広く晴れた朝だった。 しばらくして見知らぬひとたちがやってきて、ご主人を白い車に乗せてそのままどこかに連れていってしまった。 吾輩はポツンと庭に残された。 振り返ると、ご主人が寝ていた場所に、血だまりができていた。 ご主人はこれからどこか遠くに行くのかもしれない。 吾輩もいつか訪れる場所に。 ニンゲンというのは不思議だ。 あれほど賢い生き物が窓から落ちたら死ぬことくらい分かるだろうに。愚かなご主人。 そう思っていたら頭上から、白い羽根の生えたニンゲンのような生き物が降りてきて言った。 「彼は、自ら命を絶ったのさ」 「え?」 吾輩はよく分からなかった。 そんな発想、吾輩にはないからだ。 「なぜ?」 「ニンゲンだからな」 ぽかんとする吾輩に、羽根の生えた生き物は苦笑した。 「知りたいのか?獣の君がニンゲンの気持ちを」 「吾輩は主人が大好きだからな。主人のこと、ニンゲンのこと、もっと知りたいな」 「知るす術はあるが、すべてを…命を失うことになるぞ?やめておいたほうがいい」 「ピアノはもう聞けなくなるだろうからな。構わない」 羽根の生えた生き物は目を瞬かせた。 「驚いたな…君は人間に近づいているのか…。…良いだろう、死後の世界のひとつである”箱庭”に招待しよう。天国に行った魂とは違ってまだ形があって会話ができるからな」 羽根の生えた生き物に抱かれたとき、吾輩の肉体がどさっと音を立てて倒れた。 その日、吾輩は死んだ。 ママさんの泣き声が聞こえたが、吾輩は知りたいものがある。 羽根の生えた生き物は吾輩を抱えて跳躍した。 こうして、吾輩は、死後の世界のひとつ「箱庭」にやってきた。 吾輩は猫であった。 新たに身体と名前をもらった。 新しい名前は「コハク」 これからどのようなことが知れるのか、胸が高鳴っている。 (続く)
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加